札幌市 手稲区概要
札幌市 手稲区(ていねく/Teine Ward)は、北海道札幌市の北西部を占める行政区である。1989年に西区から分区して誕生した。
札幌市手稲区 面積 56.92km2
札幌市手稲区 総人口 138,794人(住民基本台帳人口、2009年3月31日)
札幌市手稲区 人口密度 2,440人/km2
札幌市 手稲区地図
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札幌市 手稲区地理
札幌市 手稲区北東の半分は石狩平野の北西の端に近く、小樽市と札幌市を結ぶ国道5号沿いに住宅地と商業地が多い。石狩湾に近いが、海岸は細長く伸びた小樽市に属する。南西の半分には、手稲山を中心にした山々が連なる。
山
手稲山(1023.1 m)
奥手稲山(949.2 m)
丸山(141 m)
峡谷
河川
新川
軽川
三樽別川
中の川
星置川
キライチ川
発寒川
手稲土功川
手稲山口川
稲穂川
濁川
富丘川
滝
乙女の滝
星置の滝
札幌市 手稲区歴史
手稲という地名はアイヌ語の「テイネィ/teyne-i」(濡れている・もの)に由来し、区市街地の広がる山麓の開拓される前にあった低湿地帯を指すといわれる。
1872年 - 発寒村から分離、手稲村が開村する。
1874年 - 手稲村が下手稲・上手稲に分けられる。
1882年 - 手稲村大字三村時代(上手稲・下手稲・山口)が始まる。
1902年 - 村が二級町村施行される。
1922年 - 軽石軌道が開通する。
1940年 - 軽石軌道が廃止される。
1942年 - 大字三村が廃止される。村が十二字区になる(稲穂・金山・軽川・東・富丘・西野・福井・平和・星置・前田・宮沢・山口)。
1945年7月15日 - 軽川駅(現手稲駅)付近が爆撃される。製油所が3日間炎上する。
1951年 - 手稲村が町制施行され、手稲町となる。住居表示は、東を手稲東とし、札幌郡手稲町字(あざ)平和○○番地○と表記。ただし軽川は手稲本町とし、札幌郡手稲本町○○番地○。
1967年 - 手稲町が札幌市と合併する。住居表示は札幌市手稲平和○○番地○と表記。
1971年 - 手稲鉱山が閉山する。
1972年 - 札幌市が政令指定都市となり、中央区・東区・南区・北区・豊平区・白石区とともに西区が設置される。手稲山で札幌オリンピックが行われる。
1984年 - 前田、山口の一部を曙、前田の一部を稲積とした。
1989年 - 西区からの分区により手稲区が設置される。この時、旧手稲町であった、福井、平和、西野、手稲東、宮の沢の一部が西区に残り、手稲区には発寒の一部から新発寒が、宮の沢の一部が西宮の沢として割譲された。この際、大部分の地区が条丁目表記に変更された。
1995年 - 人口が13万人を突破する。
2007年9月1日 - 北海道立小児総合医療療育センターが金山に開設される。
2007年10月1日 - 住居表示変更に伴い、手稲山口の一部が曙7条3丁目・曙12条2丁目・明日風1~6丁目となる(曙7条3丁目・曙12条2丁目は既存地区の拡大、明日風1~6丁目は新規)。
2008年12月 - ドナルド・マクドナルド・ハウスさっぽろが金山に開設予定。
「北海道 札幌市手稲区」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org