釧路市 概要
釧路市(くしろし)は、北海道東部、太平洋沿岸にある市である。市内に日本製紙・王子製紙の二つの製紙工場があるなど、工業が盛んな街で、北海道最大の穀物輸出入港釧路港を有する港湾都市である。また、釧路湿原や阿寒湖など著名な観光地を有する。
北海道釧路支庁がおかれ、北海道内では札幌市・旭川市・函館市に次ぐ4番目の人口規模である。 国、道の役所が集中し、道東の政治経済の中心都市をなしている。 面積は、北海道内では北見市・足寄郡足寄町に次いで3番目に広い。
釧路市 面積 1,362.75km2
釧路市 総人口 187,569人(住民基本台帳人口、2009年3月31日)
釧路市 人口密度 138人/km2
釧路市 地図
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釧路市 地理
釧路市は北海道の東部太平洋側、釧路支庁南部に位置する。
釧路市内を釧路川、阿寒川が流れるほか、阿寒湖、春採湖(はるとりこ)がある。旧釧路市は平地に位置するため山はほとんどなかったが、合併により北西部に旧阿寒町の雄阿寒岳などの山岳地帯を含むようになった。北東部は釧路湿原国立公園と隣接し、釧路湿原との境界ぎりぎりのところまで住宅が立ち並ぶ。
山:雌阿寒岳、雄阿寒岳、阿寒富士
河川:釧路川(旧釧路川)、新釧路川(釧路川)、阿寒川、舌辛川、別保川、仁々志別川、雪裡川、アセツリ川(阿雪裡川)、星が浦川、竜神川、別途前川、鳥取川、沼尻川
湖沼:阿寒湖、春採湖、パンケトー、ペンケトー、シュンクシタカラ湖
気候
夏季は南北からの暖気と冷気がぶつかり霧が発生しやすく、最高気温が20度に満たない日も珍しくない。25度以上の夏日は年に数日~十数日程度、30度以上の真夏日にいたっては極めて稀だが(2007年(平成19年)8月15日に30.0度を記録。これは1984年(昭和59年)8月6日以来、平成になって初の真夏日である)、湿度は平均的に高く、霧の日などは100%に達することもある。 冬季は積雪量が比較的少なく、晴天が多く天候は穏やか。秋季と冬季では、日照時間が道内の諸都市に比べ長い。なお、ケッペンの気候区分では冷帯湿潤気候 (Dfb) あるいは冷帯冬乾燥気候 (Dwb) に属するが、冬季の冷え込みは、道内としてはあまりきびしくはならず、夏季も、道内の中でもかなり涼しい為、寒暖の差がごく大きい旨のニュアンスの強い冷帯冬乾燥気候 よりも、冷帯湿潤気候 と位置づける方が適切と言える。
釧路市 歴史
1600年代(寛永年間) 松前藩によりクスリ場所が置かれる。
1799年(寛政11年)頃 釧路の厳島神社が創祀。
徳川幕府が東蝦夷地を直轄したのが契機という説あり。
1869年(明治2年) 「クスリ」から「釧路」に改称。
1880年(明治13年) 戸長役場が置かれる。
1891年(明治24年) 鳥取神社が創祀。
1900年(明治33年) 一級町村制が施行され、釧路町となる(現在の釧路町とは異なる)。
1906年(明治39年) 丸三鶴屋の前身となる呉服店が開店。
1930年(昭和5年) 丸三鶴屋開業。
1996年(平成8年) 丸三鶴屋閉店、丸井今井釧路店開業。
2006年(平成18年)8月 丸井今井釧路店閉店、丸三鶴屋特別清算により廃業。
1908年(明治41年) 石川啄木(詩人)が編集長待遇で釧路新聞社勤務のため来釧(76日間滞在)。
1909年(明治42年) 電話開通。電気も使用可能になる。
1917年(大正6年) 釧路駅駅舎を現在地に移転。旧釧路駅を貨物列車専用の浜釧路駅とする(現在の釧路シビックコア地区)。
1920年(大正9年) 区制が施行され、釧路区となる。
しかし、区制施行する際に行政面積が広すぎるとの北海道庁からの指導を受けて、区制施行と同時に釧路村(現在の釧路町)として分村させた歴史経緯が、後に釧路市と釧路町との合併(釧・釧合併)論議に障害を来たす事となる。
1919年(大正8年)4月10日(大正8年) 釧路唯一の地酒「福司」を製造・販売する合名会社敷島商会(のちの福司酒造)が創業。
1919年 8月 北海道庁立高等女学校が開校(のちの釧路江南高校)
1920年(大正9年) 木村組炭礦と三井釧路炭礦(三井財閥傘下)の合併により太平洋炭礦設立。
1922年(大正11年)8月1日 市制が施行され、釧路市になる。
1925年(大正14年) 釧路乗合自動車(現在のくしろバス)が開業。
1944年(昭和19年) 釧根地区のバス会社を統合し、社名を東邦交通に変更。社名の東邦は会社が北海道東部の7つのバス会社を統合(連邦)したことからつけられたという。
1951年(昭和26年)12月 阿寒郡・川上郡にまたがる路線を阿寒バスに分社。
1989年(平成元年)5月15日 くしろバスに社名変更。
1927年(昭和2年) 水道が使用可能になる。
1933年(昭和8年) 久寿里橋が架橋。
1935年(昭和10年) タンチョウが国の天然記念物に指定。春採台地竪穴群・モシリヤチャシ跡・鶴ヶ岱チャランケチャシ跡が国の史蹟になる。
1936年(昭和11年)7月14日 釧路市立郷土博物館(現在の釧路市立博物館)が釧路市役所内に開館。
1949年(昭和24年) 鶴ヶ岱公園に移転。
1983年(昭和58年)11月3日 春湖台(春採公園)に移転し、釧路市立博物館として再オープン。
1938年(昭和13年)1月6日 現在の釧路町別保原野北の丘陵部に民間用の陸上飛行場(700 m×650 m)が開港。
現在、宅地化されて現存せず。
1945年(昭和20年)7月14日-7月15日 米軍(艦上機)による空襲で192名死亡(焼失倒壊家屋1,618戸、罹災者6,211名、負傷者273名)。都心部が焼け野原となる。壊滅的な被害を受けた栄町地区(死者192名の内、150名は同地区住人)は戦後一部を公園化する。
市内の厳島神社 宵宮祭期間中であった。
1945年(昭和20年)8月16日 ソ連のスターリンが、釧路市と留萌市を結ぶ線より北東側の北海道をソ連占領地域とするよう要求したが、GHQが拒否。
1948年(昭和23年)8月 第1回くしろ港まつりが開催。
1949年(昭和24年) 鳥取町(現在の釧路市西部、愛国・鳥取・星が浦地区など)を合併、白糠村(現在の白糠町)の一部を編入。
1949年 北海道学芸大学釧路分校(現在の北海道教育大学釧路校)が開校。
1952年(昭和27年)3月4日 1952年十勝沖地震が発生。
1952年(昭和27年)10月(昭和27年) 日本銀行釧路支店が開業。
1954年(昭和29年) 和商市場の原点となる駅前市場が開業。
1956年(昭和31年) 和商市場の前身となる駅前市場の組合が設立される。
1978年(昭和53年)11月17日 店舗建物を鉄筋コンクリート化して新築オープン。
1954年(昭和29年)8月 太平洋炭礦でガス爆発事故。
1954年(昭和29年)12月1日 桜ヶ岡地区に釧路初の生協店舗(釧路市民生活共同組合桜ヶ岡店)が開店。
この後、中央店・武佐店(1971年(昭和46年))などの出店が続く。
1996年(平成8年)1月 同生協が和議適用を申請して経営破綻。
1996年(平成8年)10月30日 同生協(後のくしろ市民生協)が釧路地方裁判所より和議認可。
2003年(平成15年)9月21日 くしろ市民生協、生活協同組合コープさっぽろへ統合。
1957年(昭和32年)釧路を舞台にした小説「挽歌」(原田康子作)がベストセラーに。
1959年(昭和34年)本州製紙(現在の王子製紙)釧路工場が操業開始。
1961年(昭和36年)釧路駅が民衆駅として改築(現在の駅舎)し開業。釧路ステーションデパート開店(2004年に閉店)。地下道も開通。
1961年(昭和36年)7月20日 釧路空港(滑走路1,200m)が開港。
1962年 釧路江南高校が高校野球全国大会出場。
1963年(昭和38年) 釧路商業高校が高校野球全国大会(夏の甲子園)出場。
1963年(昭和38年)4月 釧路市厚生年金体育館が開館。
1963年(昭和38年)6月15日 釧路青少年科学館(現在の釧路市こども遊学館の前身施設)が開館。
2005年(平成17年)1月18日 閉館
2005年(平成17年)7月9日 都心部の幸町へ移転し、釧路市こども遊学館として再オープン。
1963年(昭和38年)8月 第1回春採湖水まつりが開催。
1964年(昭和39年)都市改造事業が開始。メーンストリートである北大通の片側3車線化工事始まる。
1964年(昭和39年)12月 協同組合くしろデパート開業。
2006年(平成18年)8月 閉店。
1965年(昭和40年)2月 第1回くしろ氷まつりが開催
1979年までは柳町会場(現在の柳町スケート場)がメイン会場、翌年以降は栄町平和公園。
1965年 市役所を、現在の釧路市立図書館の場所より現在地に移転。
1967年(昭和42年) 釧路スポーツセンター(当初は民間資本)(後の釧路市鳥取スポーツセンター。夏季はプール施設、冬季はスケートリンクとなっている)がオープン。
1967年 釧路江南高校が高校野球全国大会(夏の甲子園)出場。
1967年(昭和42年)8月31日 太平洋炭礦でガス爆発事故。
1968年(昭和43年)5月16日 1968年十勝沖地震発生。
1969年(昭和44年) 釧路第一高校(後の労使紛争で閉校)が高校野球全国大会(春の甲子園)に出場。
1969年(昭和44年)5月 レジャー施設「太平洋スカイランド」が開園。
1991年(平成3年) 名称をヒルトップに変更。
2002年(平成14年)3月15日 閉園。
1970年(昭和45年) 雄別炭礦(もとの雄別鉄道)雄別本線が廃止(雄別炭礦閉山)に伴い、釧路駅ホーム最北部閉鎖および同ホーム地下連絡通路が閉鎖。
完全には塞がず、地下通路入口床より天井にかけて余剰椅子等の駅舎内備品を押し込んで簡易封鎖していた[要出典]。
1975年(昭和50年)5月 第1回くしろチューリップ・フェア(現在のくしろチューリップ&花フェア)が開催。
1975年(昭和50年)10月1日 釧路市動物園が開園。
1977年 釧路江南高校が高校野球全国大会(春の甲子園・夏の甲子園)出場。
1978年(昭和53年)7月1日~8月20日 完成したばかりの釧路西港第一埠頭にて、北海道こども博覧会が開催(釧路新聞社主催)。
閉幕後、遊器具は釧路市動物園に移転。現在、会場の一部は、西港臨海公園として活用されている。
1979年(昭和54年) 釧路市民文化会館が開館。
1979年 釧路工業高校が高校野球全国大会(夏の甲子園)出場。
1980年(昭和55年)8月 幣舞公園に花時計が完成(当時、日本国内の野外花時計で最大規模)。
1982年(昭和57年)8月 市制施行60周年記念式典が開催。
1983年(昭和58年)9月 春採アイスアリーナが開館。
1984年(昭和59年)1月 釧路たんちょう国体(冬季、スケート競技)が開催。
1984年(昭和59年)9月 市立釧路総合病院を、現在のまなぼっと幣舞の場所より春採湖畔高台に移転。
1985年(昭和60年)7月 第1回くしろ霧フェスティバルが開催。
1986年(昭和61年)12月 西港大橋が完成。
1987年(昭和62年)7月 釧路湿原が28番目の国立公園となる。
1987年(昭和62年)11月 NHK杯国際フィギュアスケート大会が開催。
1988年(昭和63年)4月 釧路公立大学が開校。
1988年(昭和63年)10月 貝塚大橋が完成。
1989年(平成元年)7月14日 釧路フィッシャーマンズワーフMOOが開業。
運輸省による民活法適用第1号の商業施設。
1992年(平成4年)釧路市公民館が閉館(後継施設である釧路市生涯学習センターまなぼっと幣舞に機能移転するため)。
1992年(平成4年)11月1日 釧路市生涯学習センター(まなぼっと幣舞)が開館。
1993年(平成5年)1月15日 釧路沖地震発生。
1993年(平成5年) 屋内型多目的コンベンション施設 釧路市観光国際交流センター 開設。
1993年(平成5年)6月9日-6月16日 第5回ラムサール条約締結国会議が開かれる。
2004年7月16-19日「アメリカ伊能大図里帰りフロア展in釧路」開催(国際観光交流センター)。伊能忠敬の精巧な地図を見るために、文化的イベントとしては前代未聞の入場者22,739人を集める。
1994年(平成6年)10月4日 1994年北海道東方沖地震が発生。
1995年(平成7年)10月 釧路空港にILSカテゴリーIIIaが設置され運用開始。同機対応の機体に限り、濃霧状態での離着陸が可能となる。
1996年(平成8年)11月3日 道内有数と言われた[要出典]老舗料亭「八浪」が廃業。
1997年(平成9年) 釧路開催としては2度目の国体である、くしろ湿原国体(冬季、スケート競技)が開催。
1997年(平成9年)3月22日 札幌-釧路間に振り子式車両による特急「スーパーおおぞら」が運行開始。
1997年(平成9年)6月 釧路初の地ビールブルワリー、くしろ港町ビールが創業。
2007年(平成19年)11月 廃業し、製造設備を札幌市の同業者である北武総業へ譲渡。
1998年(平成10年)1月 週刊水産新聞が創刊(藤田印刷株式会社新聞事業局を設置、翌年に同部門を株式会社水産新聞社として分社化)。
1998年(平成10年)10月 道立釧路芸術館が開館。
2000年(平成12年)10月31日 釧路シビックコア地区(釧路地方合同庁舎新庁舎)が開所。
2000年(平成12年)11月 釧路空港の滑走路、ジャンボジェット機が運行可能な2,500mに拡張。
2001年(平成13年) 釧路川の名称が34年ぶりに復活。
2001年(平成13年)6月 くしろ街づくり支援センター(くしろTMO)が設置。
2001年(平成13年)12月7日 太平洋炭礦が閉山を提案。
2001年(平成13年)12月23日 太平洋炭礦をひきつぐ新会社、釧路コールマイン設立。
2002年(平成14年)1月30日 太平洋炭礦閉山。82年の歴史に幕をおろし、釧路コールマインが引き継ぐ。
2002年(平成14年)4月7日 市内最後の映画館・釧路スガイ(映画館部門)が閉館。
2002年(平成14年)11月4日 釧路町長選での公選法違反容疑で綿貫健輔市長(当時)と幹部2人を逮捕。
2002年(平成14年)12月3日 綿貫市長が辞職を表明。
2002年(平成14年)12月15日 綿貫前市長辞職に伴う市長選挙の投票が行われる。
2002年(平成14年)12月16日 前日に実施した市長選挙投票結果が開票され、無所属新人で前・北海道議会議員の伊東良孝が当選。
2003年(平成15年)9月26日 2003年十勝沖地震が発生、幸町で震度5強を観測。釧路空港が一時使用不能となる。
2003年(平成15年)12月 柳町公園が完成(1981年起工。運河を埋め立てた同公園の全長2.4kmは、全長1.5kmの大通公園(札幌市)を凌ぐ)。
2004年(平成16年)1月 釧路市、阿寒町、白糠町、音別町の4市町による合併協議から白糠町が離脱。
2004年(平成16年)1月18日 ホームを釧路市に構える日本製紙クレインズがアジアリーグ優勝(同リーグ初代チャンピオン)
2004年(平成16年)9月 第1回くしろ大漁どんぱくが開催。
2005年(平成17年)10月11日 釧路市と阿寒町、音別町が新設合併し、新たに「釧路市」として発足。議会には合併特例法による在任特例を適用。3市町の首長は失職し、16日に公示された新市長選挙で旧釧路市長が無投票当選した。
2008年(平成20年)6月7日 体験型観光漁港 千代の浦マリンパークが千代の浦海岸にオープン。
2008年(平成20年)9月 釧路根室圏総合体育館「湿原の風アリーナ釧路」が大規模運動公園内に完成。
2008年(平成20年)11月2日 伊東前市長総選挙出馬予定に伴う辞職による市長選挙で、無所属新人で前・北海道議会議員の蝦名大也が当選。
2010年(平成22年)1月 釧路冬季国体 開催予定。
「北海道 釧路市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org