留萌市 概要
留萌市(るもいし)は、北海道留萌支庁にある市。同支庁が所在し、留萌管内の中心都市である。昔ほどではないが今でもニシンが水揚げされ、国内最大の輸入港の留萌港を擁する。現在はニシンの魚卵であるカズノコの国内最大の加工地。主な産業は貿易などのその他商業、土木業、水産加工業である。
市名の由来はアイヌ語「ルルモッペ」(潮が奥深く入る川)から。
留萌市 面積 297.44km2
留萌市 総人口 25,459人(住民基本台帳人口、2009年3月31日)
留萌市 人口密度 85.6人/km2
留萌市 地図
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留萌市 地理
留萌市は、北海道空知支庁管内の南部、石狩平野の東部に位置し、市域は石狩川左岸から夕張山地にかけて東西に広がる。
市街地は岩見沢駅を中心に形成されており、主に中心市街地・幌向・志文・栗沢・北村地区に市街地が発達している。
国道12号沿線、特に大和地区を中心に郊外商業施設が次々と進出し、中心市街地ではデパートが相次いで撤退するなど空洞化が進んでいる。現在、岩見沢駅周辺再開発とあわせて、中心市街地活性化・駅北地区土地区画整理事業も計画中。
幌向駅周辺はJRの利便性が良く、札幌のベッドタウンとして発展が続いていた。そのため、幌向駅に比較的近いエリアで、新興住宅街建設のために大規模な区画整備が行われるなど、更なる発展が期待された。しかし、宅地化は思うように進まず流れは一気に停滞。2006年国土交通省発表の地価下落率ランキングでは、幌向南地区が全国ワースト1を記録した。
市街地の中央部には大正池を中心とした利根別原生林があり、玉泉館跡地公園・東山総合公園などと一体化し、市街地にも豊かな自然と憩いの場を提供している。
河川改修前はたびたび水害が起こり、昭和56年には幌向地区・北村地区で大水害が起こったことがある。
山: 幌向岳 (836.2m)
河川: 石狩川、夕張川、幾春別川、利根別川、幌向川
湖沼:瓢箪沼、鮒沼、鯉沼、宝池、大正池、金志池、高木の池、雁里沼
気候
北海道でも有数の豪雪地帯であり、1シーズンで累計8メートル近い降雪量がある。
気温:最高34.7℃(平成6年8月10日)、最低-24.3℃(昭和32年1月8日)
最大降水量:262.0ミリ(昭和56年8月4日)→昭和56年水害
最小湿度:12%(昭和30年5月1日)
最大風速:31.4メートル(昭和29年9月26日)
最深積雪:180センチ(昭和45年3月22日)
最早初雪:昭和29年10月7日
留萌市 歴史
1878年(明治11年)、開拓使が幌向太(現在の幌向地区)~幌内(三笠市)間の道路開削の際、官営休泊所を5か所設置、その1つが岩見沢・元町に設置された。1882年(明治15年)11月13日には幌内鉄道が全線開通し幌向駅が開駅。1883年(明治16年)、狩野末治が休泊所を借り受けて宿にし、岩見沢最初の定住者となる。同年に公布された移住士族取扱規則により札幌県勧業派出所が設置され、山口県・鳥取県ほか10県からの士族集団移住により本格的に開拓の鍬が入れられた。
岩見澤駅を中心に次第に市街が形成され、1884年(明治17年)10月6日に岩見澤村が設置される。岩見澤~忠別太(旭川市)間・岩見澤~夕張間の道路や、岩見澤~奈江(現:砂川)~歌志内間、岩見澤~輪西間の鉄道が開通し、岩見澤駅も元町(夕張道路の起点、現在元町陸橋のあるところ)から現在地に移転、新市街地が形成されるとともに、陸上交通の要衝となる。
1897年(明治30年)10月には空知支庁が設置され、1900年(明治33年)7月、1級町村制による岩見澤村となり急速に伸展。1906年(明治39年)10月には町制を施行し、1908年(明治41年)には北海道では函館に次いで2番目に本格的な上水道が完成(上水道は三笠市にあった空知集治監周辺が北海道初)。
1943年(昭和18年)待望の市制を施行。1957年(昭和32年)多目的の桂沢ダム(三笠市)完成によって、上水道拡張事業・都市計画の実施も急速に進展。1961年(昭和36年)には岩見沢駅に、函館線、室蘭線、幌内線、万字線4本の鉄路をさばく東北以北最大の操車場が完成し、周辺の炭鉱の開発とともに交通の要衝として発展する。当時岩見沢駅には500名以上の職員がいたと言われる。
しかしながら炭鉱が相次ぐ閉山の時代を迎えた事により、1980年(昭和55年)操車場は廃止され、要衝としての繁栄も曲がり角を迎える。国道12号岩見沢バイパスの開通によって郊外まで開発が進んだ事もあり、商業施設の郊外出店による中心市街地空洞化が浮き彫りに。折しも岩見沢駅舎が2000年(平成12年)に漏電による火災で全焼した事もあり、現在、駅舎再建を柱とした中心市街地活性化事業が進められている。近年は地の利から札幌のベッドタウンとしての性格が強まる事により、空知地方における行政・産業経済・教育文化などの中核都市としての地位が揺らぎつつある微妙な立場にあり、求心力の再確立に努めている。その一環として2006年(平成18年)には北村、栗沢町との編入合併を果たした。
沿革
1878年 開拓使が、幾春別川沿いに幌内炭山(三笠市)等を行き交う人々のために休泊所を設置
1882年 幌内鉄道幌内(三笠市)~手宮(小樽市)間開通。幌向駅開設。
※開通当時、現市域には幌向駅のみ設置され、岩見沢簡易乗降所・フラグステーションのみが設置された
1883年 入植開始<岩見沢開基>
1884年 岩見沢駅開設。二級町村制岩見沢村開村・戸長役場設置、459名の士族入植、岩見沢郵便局開設
1885年 1414名の士族入植
1886年 北海道最初の開拓水道敷設(三笠市萱野~岩見沢市元町)通水せず失敗
1889年 上川道路(現国道12号線)開通(当時は市来知(現三笠市の一部)が起点)
1890年 夕張道路(現北海道道38号夕張岩見沢線)開通
1891年 北海道炭礦鉄道岩見沢~歌志内間(現歌志内市)鉄道開通(現函館線・旧歌志内線)
1892年 栗沢村を分村、輪西(現室蘭市)~岩見沢間鉄道開通(現室蘭線)、岩見沢駅現在地に移転、
1897年 北海道庁空知支庁設置
1900年 一級町村制施行、北村を分村
1902年 志文駅(室蘭線)開設
1906年 町制施行
1907年 上幌向駅(函館線)開設
1908年 全道2番目、全国13番目の本格的上水道完成(一の沢水源地(三笠市)~)
1914年 上志文駅(万字線)開設
1919年 朝日駅(万字線)開設
1926年 国鉄岩見沢操車場開設
1929年 北海幹線用水路開通
1933年 岩見沢駅(3代目旧駅舎)新築
1943年 市制施行(北海道10番目、全国201番目:夕張市と同日施行。抽選で公文書上の施行順を決定し、岩見沢は全国200番目を逃した)
1951年 市立図書館開設
1953年 陸上自衛隊岩見沢駐屯地(当時保安隊)開設
1955年 市民会館開設
1956年 国鉄岩見沢操車場改修、東北以北最大の大操車場に
1957年 桂沢ダム(三笠市)完成、水の安定供給実現
1963年 市民会館新築
1964年 駒沢大学北海道教養部開校
1965年 市役所庁舎新築、東2丁目陸橋竣工
1966年 岩見沢駅前広場整備
1968年 国鉄函館線・小樽~滝川間 (117.3km) 電化
1974年 国道12号岩見沢バイパス(10条通)開通
1980年 栄町無人乗降場(幌内線)開設、国鉄岩見沢操車場操業停止
1983年 開基100周年、市制施行40周年、文化センター開設
1985年 国鉄万字線廃線、市立総合病院新築
1986年 北海道21世紀博覧会開催(いわみざわ公園)
1987年 JR幌内線廃線
1994年 東部丘陵地域振興事業の一環として、毛陽地区に「メープルロッジ」オープン
1995年 コミュニティプラザオープン、上幌向駅(橋上駅)自由通路完成
1996年 コミュニティFMはまなす放送開始、温水プール移転新築、中央バス岩見沢ターミナル移転新築
1997年 自治体ネットワークセンターオープン
1998年 幌向駅(橋上駅)自由通路完成
1999年 市営球場移転
2000年 岩見沢駅3代目駅舎全焼、プレハブ仮駅舎完成、官製談合発覚
2001年 市立図書館移転新築、いわみざわ公園野外音楽堂「キタオン」オープン
2002年 駅東市民広場、イベントホール赤れんがオープン
2003年 新市民会館「まなみーる」オープン、駅前広場全面供用
2005年 大和地区にポスフール・大和タウンプラザなどの大規模商業施設相次いでオープン
2006年 栗沢町、北村を編入合併
2007年 岩見沢駅新駅舎完成(第1期工事)。岩見沢競馬場の休止
2009年 岩見沢駅新駅舎完成(全供用開始)、西友撤退
「北海道 留萌市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org