恵庭市 概要
恵庭市(えにわし)は、北海道石狩支庁管内南部にある市で、札幌市のベッドタウンである。 広大な自衛隊演習場があり、自衛隊関係者が多いという側面もある。
市名の由来は、アイヌ語の「エエニワ(エエンイワ) e-en-iwa」(現在の恵庭岳を指し、鋭くとがった山という意味)。
恵庭市 面積 294.87km2※境界未定部分あり
恵庭市 総人口 68,483人
(住民基本台帳人口、2009年3月31日)
恵庭市 人口密度 232人/km2
恵庭市 地図
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恵庭市 地理
北海道の中央西部に位置する。市域は東西に長く、その中央を漁川が東流し、北東の長沼町との境界部で千歳川に合流する。北縁には島松川が流れ、北広島市との境界をなす。南は千歳市に接している。市街地は市の東部を南北に貫くJR千歳線沿いにあり、中心市街である恵庭駅付近と新興住宅地である恵み野駅付近が特に栄えている。中西部は原野と山岳で、陸上自衛隊北海道大演習場(恵庭地区、島松地区)がある。
山: 漁岳、空沼岳、イチャンコッペ山、島松山、新保山、小関山、監視山、剣岳(恵庭岳の頂上は恵庭市にはなく、千歳市にある)
河川: 漁川(いざりがわ)、島松川、千歳川
湖沼: えにわ湖(漁川ダムによる人造湖)
恵庭市 歴史
飛鳥時代から平安時代初期にかけて、江別市の江別古墳群や北東北の末期古墳と同様の群集墳が恵庭市域でも築かれた。皇朝十二銭のひとつ和同開珎が見つかったこの古墳群、現在は茂漁古墳群(柏木東遺跡)と呼ばれている。
江戸時代、松前藩によって石狩十三場所のひとつであるシュママップ場所が島松川流域に開かれ、幕末ころまで存在した。
1869年には北海道11国86郡が置かれ、現在の恵庭市に相当する地域は胆振国千歳郡に含まれた。
沿革
1872~1873年 - 札幌本道(後の国道36号)が建設された。
1873年 - 漁太村が漁村に合併。島松と二つの村になる。
1897年 - 千歳郡各村戸長役場(現在の千歳市)から漁村外一村戸長役場として独立する(恵庭の開基)。
1906年 - 漁、島松の両村を恵庭村とし、二級町村制を施行する。
1923年 - 一級町村制を施行する。
1943年 - 村域の一部を広島村(現北広島市)へ割譲。
1951年 - 町制施行、恵庭町。
1961年 - 広島町より町域の一部を編入。
1970年 - 市制施行、恵庭市。
1986年 - 長沼町との間で一部境界変更。
1997年 - 開基100年。
「北海道 恵庭市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org