石狩市 概要
石狩市(いしかりし)は、北海道中央西部、石狩支庁管内にある市。札幌市の北に隣接している。
2003年(平成15年)1月から旧厚田村・旧浜益村と合併協議会を設置して協議を重ね、2005年(平成17年)10月1日に両村を編入合併した。
石狩市 面積 721.86km2
石狩市 総人口 61,191人
(住民基本台帳人口、2009年3月31日)
石狩市 人口密度 84.8人/km2
石狩市 地図
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石狩市 地理
石狩支庁では唯一の海に面する自治体である。支庁北部の海岸線に沿って、南北に長い市域を持つ。西は石狩湾に面し、石狩川河口を有する。南は発寒川、茨戸川を隔てて札幌市と、東は同じく南北に長い当別町と、北部は暑寒別天売焼尻国定公園の山地で新十津川町や増毛町と接している。南部は標高10m以下の砂丘と低地、石狩川河口より北部には石狩丘陵をはじめとする丘陵地帯が広がっている。
海洋性気候で寒暖差は小さい。対馬海流の影響もあり冬は比較的温暖ではあるが、北西からの季節風が日本海を越えて吹きつけるため積雪が多い。また「石狩湾小低気圧」が発生すると猛烈な吹雪となる。一年を通して風が強いため、市内には多くの防風林が設けられている。
山: 郡別岳(1376.27 m)、浜益岳(1257.70 m)、雄冬山(1197.60 m)、浜益御殿(1038.64 m)、知来岳(988.04 m)、黄金山(739.11 m)、別狩岳(726.14 m)、円錐峰(690.17 m)、別狩岳(二番川)(666.24 m)、安瀬山(654.05 m)、濃昼岳(621 m)、丸山(467.65 m)、阿蘇岩山(418.07 m)、摺鉢山(169 m)、紅葉山(17.80 m)
河川: 石狩川、茨戸川、発寒川、厚田川、望来川、浜益川
湖沼: 望来ダム
島:トド島
石狩市 歴史
慶長年間に松前藩により「石狩場所」が設けられて以来、石狩は漁業や蝦夷(アイヌ)との交易の中心地として栄えた、また内陸部で切り出した木材を道外へ運ぶための木場も設けられるなど、江戸時代の石狩は石狩川流域地域との中継点として重要な役割を果たした。
1694年(元禄7年) 石狩弁天社が創建される。
1830年~1843年(天保年間) 浜益神社が創建される。
1848年(嘉永元年) 厚田神社が創建される。
1858年(安政5年) 浜益に庄内藩の陣屋が築かれた。同年、石狩には能量寺および石狩八幡神社が創建される。
1859年(安政6年) 金龍寺および法性寺が創建される。
1863年(文久3年) 曹源寺が創建される。
1869年 北海道11国86郡が置かれ、石狩国と石狩郡、厚田郡、浜益郡が置かれた。
1871年 花畔(ばんなぐろ)村、生振(おやふる)村が開村。
1882年 樽川村が開村。
1902年 下記それぞれ合併により二級町村制施行
石狩郡の石狩川河口付近の10町と生振村が合併し石狩町に
花畔村と樽川村が合併し花川村に
厚田郡厚田村、別狩村(べつかり)、小谷村(こたに)、押琴村(おしこと)、古潭村(こたん)、安瀬村(やそすけ)、濃昼村(ごきびる)が合併し、厚田郡厚田村
浜益郡茂生村(もい)、郡別村(くんべつ)が合併し、浜益郡浜益村
1907年 下記それぞれ合併により一級町村制施行
石狩郡石狩町が石狩郡花川村を編入
厚田郡厚田村が厚田郡望来村(もうらい)を編入
浜益郡浜益村が浜益郡黄金村(こがね)を編入
1975年 石狩町の一部(現・銭函4~5丁目)を小樽市へ割譲。
1995年 未定となっていた石狩町北東部の当別町との境界線を確定。
1996年 石狩町が市制施行、石狩市に。
2005年 石狩市が厚田郡厚田村、浜益郡浜益村を編入、両郡消滅。
厚田村・浜益村との合併協議 [編集]
厚田村、浜益村との合併について2002年(平成14年)1月に研究会、2003年(平成15年)1月に法定合併協議会を設置。2004年(平成16年)9月の住民アンケート(回収率29.9%)では合併賛成35.5%、反対56.1%。2005年(平成17年)1月16日に住民の直接請求による住民投票が行われたが、投票率43.34%で開票条件の60%に達せず不成立のため合併推進が確定。1月27日3市村による合併協定書調印、2月8日3市村にて合併議案可決、2月23日北海道へ合併申請書を提出。その後、官報に掲載され、2005年(平成17年)10月1日付で2村を編入合併することが確定した。
「北海道 石狩市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org