大田区 概要

大田区は、東京都の南東部に位置する特別区のひとつで、東京23区内では最南部に位置する。東部には羽田空港がある。多摩川を挟んで神奈川県と接する。

大田は合併した大森区と蒲田区からそれぞれ一文字ずつとった合成地名である。この由来が広く知られていないことから、他地域在住者からは、しばしば点つきの太田と誤記されがちである。江戸城主・太田道灌の領地だったことに由来して、区名になったという説があるが、以上のことから明らかな誤伝である。

同じ漢字表記を用いる自治体は他に島根県に大田市(おおだし:City of Ohda)がある。このため、仮に特別区から市制に移行になった場合は、原則に則ると大田市と名乗ることは難しいと推測される。しかし、国内で複数市が同一名を名乗る例は2例(府中市、伊達市)あることから、一概に名乗れないとは言い切れない。英語表記の場合は既に OTA City、 OTA City office を公式使用している。

大田区 面積 59.46km2

大田区 総人口 683,646人
(推計人口、2009年5月1日)

大田区 人口密度 11,500人/km2

大田区 地図


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大田区 地理

区域の地形は東京港に面する臨海部の埋立地、南東部の低地、北西部の台地に分かれている。

埋立地には物流拠点や工業団地がある。野鳥公園、海浜公園等が整備されている。
自然隆起と沖積低地により形成された低地は住宅、商業地、町工場等が混在している。
武蔵野台地の東南端に当たる。国分寺崖線、山王から池上に伸びる南北崖線、久が原台、田園調布台、荏原台は良好な住宅地域となっている。
低地と台地の境は坂になっており、臼田坂、蓬莱坂など名称を持つ坂が約50ある。標高は東から西に向かって高くなり、区域東の埋立地で約1m、区域西の田園調布では約42.5mとなる。

大田区は東京湾の埋め立てによって区域を拡大してきた。1967年(昭和42年)平和島および昭和島、1972年(昭和47年)大井ふ頭、1974年(昭和49年)京浜島、1978年(昭和53年)城南島と次々に人工島を造成し、更に1984年(昭和59年)から始まった羽田空港沖合埋立て工事が1992年(平成4年)完了により世田谷区を抜いて東京23区総面積の9.6%を占める最も大きな区となった。総面積59.46平方Kmの内、0.65平方Kmは公有水面である。

区域は気象庁の警報注意報の発表区域では東京地方23区西部に属する。
区域はケッペンの気候区分では温帯の温暖湿潤気候に属する。
冬季の降雪は殆どない。
区域では北寄りの風が多い。羽田空港滑走路も北寄りの風に対応している。
区域には気象庁が東京23区に設置しているアメダス観測地点のひとつがある。
羽田観測地点(北緯35度33.2分、東経139度46.8分、標高6m)で、降水量、気温、風向風速を観測している。当初は降水量のみ観測していたが、1993年から気温、風向風速の観測も始めた。

河川(一級河川:19,020m 二級河川:10,560m)
多摩川(六郷川) - 東京都と神奈川県の都県境
海老取川 - 国内でも数少ない旋回方式の可動橋(羽田可動橋)がある
呑川(新呑川)(のみがわ)
旧呑川
内川
丸子川

水路
貴船堀
北前堀
南前堀
京浜運河
平和島運河


洗足池
弁天池(山王三丁目)
弁天池(本門寺公園)
小池

大田区 歴史

先土器時代 - 久原小学校内遺跡調査により先住人の存在が確認された。
縄文時代 - 大森貝塚調査により先住民の存在が確認された。
弥生時代 - 山王遺跡調査により先住民の存在が確認された。
1889年(明治22年)5月1日、町村制が施行され、東京府荏原郡のうち現在の大田区のエリアでは以下の町村が誕生した。
大森村、入新井村、池上村、馬込村、調布村、羽田村、蒲田村、矢口村、六郷村
1897年(明治30年)7月20日 大森村が町制施行して大森町となる。
1907年(明治40年)10月8日 羽田村が町制施行して羽田町となる。
1919年(大正8年)8月1日 入新井村が町制施行して入新井町となる。
1922年(大正11年)10月10日 蒲田村が町制施行して蒲田町となる。
1926年(大正15年)8月1日 池上村が町制施行して池上町となる。
1928年(昭和3年)
1月1日 馬込村が町制施行して馬込町となる。
2月11日 矢口村が町制施行して矢口町となる。
4月1日六郷村が町制施行して六郷町に、調布村が町制施行改称して東調布町となる。
1932年(昭和7年)10月1日 上記町村が東京市に編入され、大森町・入新井町・池上町・馬込町・東調布町の町域をもって大森区が、羽田町・蒲田町・矢口町・六郷町の町域をもって蒲田区がそれぞれ誕生した。
1947年(昭和22年)
3月15日
大森区と蒲田区が合併して大田区が誕生した。(厳密には大森区に蒲田区が吸収合併)
旧大森区の範囲は現在の、千鳥、中央、石川町、鵜の木、山王、上池台、池上、仲池上、北千束、南千束、久が原、南久が原、北嶺町、東嶺町、西嶺町、南雪谷、東雪谷、雪谷大塚町、田園調布、田園調布本町、田園調布南、北馬込、南馬込、東馬込、西馬込、中馬込、大森北、大森南、大森東、大森西、大森中、大森本町である。
旧蒲田区の範囲は現在の、下丸子、多摩川、萩中、矢口、東矢口、羽田、本羽田、羽田旭町、北糀谷、東糀谷、西糀谷、南六郷、東六郷、西六郷、仲六郷、蒲田、南蒲田、東蒲田、西蒲田、新蒲田、蒲田本町である。
この両区域のほかに、埋立地として、羽田空港、ふるさとの浜辺公園、東海、京浜島、城南島、昭和島、平和島、平和の森公園がある。
1966年(昭和41年) - 人口が大田区史上最大750,412人となる。


「東京都 大田区」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org