渋谷区 概要
渋谷区は、東京23区の中央やや西よりに位置する。区内には国道246号が通っている南部と、甲州街道が通っている北部とに大きく分けることができる。南部と北部で街並みが若干異なる部分があるので、分けて説明する。
渋谷区南部
渋谷区南部はかっての渋谷町と千駄ヶ谷町の町域で、渋谷や恵比寿といった都内有数の商業地や表参道といったファッションの街が広がっている。
渋谷駅周辺
東急グループや西武百貨店を始め旧セゾングループの拠点であり、商業活動が盛ん。渋谷駅ハチ公口側に百貨店やファッション専門店、飲食店、カフェ、遊戯施設や風俗施設などが密集しており、渋谷公園通り、センター街、道玄坂、スペイン坂、パルコ、SHIBUYA 109などの定番スポットも多い。
神宮前・表参道
街路樹が立ち並ぶ表参道沿いには有名ブティックが軒を連ね、また、美容院街でもあり、ファッション関係者が多く集まる。2006年には、新しい商業施設「表参道ヒルズ」もオープンした。参道の先には明治神宮があり、年末年始の参拝客は日本一である。
代官山
代官山は渋谷区の中では表参道などに次ぐファッションタウンであり、旧山手通り沿いなどには、和洋中の有名レストランも数多い。
恵比寿
恵比寿はもともとは下町であったが、JR山手線沿線で通勤に便利な立地であることから、近年は駅周辺にオフィスビルが増え、日中はビジネスマンで賑わっている。サッポロビール工場跡地に建設された恵比寿ガーデンプレイスは、オフィス棟と商業棟、居住棟の複合大型施設となっている。
神泉町・渋谷区渋谷
ともに、渋谷の駅から坂を上ったところにある。「ビットバレー」と呼ばれ、IT関連の一大ビジネス街となっている。
渋谷区南部の住宅地
渋谷区南部にある住宅地は、一般に閑静な住宅地である。松濤・神山町・南平台町・広尾などは、渋谷区の中でも特に地価が高い。
渋谷区北部
区の北部はかつての代々幡町の町域で、その一角に明治神宮・代々木公園の広大な緑地がある。 その他の地域も駅周辺以外は商業地が少なく、概して住宅地域で、居住人口が多い。 この地域は代々幡町の前身である2つの村(代々木村と幡ヶ谷村)に準拠してさらに南北2つの地域に分けるとつかみ易い。
代々木地域(小田急線沿線)
代々木地域とは旧代々木村の全域を指し、ここでは主に明治神宮・代々木公園の北から西へ広がる代々木、富ヶ谷、上原などの広範なエリアを指す。 南は渋谷の繁華街に接し、北隣は幡ヶ谷地域である。 地域を東西に小田急線が貫通して域内に代々木上原駅など3つの駅がある。 駅周辺以外は閑静な住宅地が広がる。 宇田川などの河川によって形成されたいくつもの谷があり、地形的には起伏に富んでいる。
代々木駅周辺とその北
この一帯はもとは旧代々幡町ではなく旧千駄ヶ谷町に属し、上にいう代々木地域には入らない。 町の様子も代々木地域とは異なり、新宿副都心の延長という性格が強い。
幡ヶ谷地域(甲州街道周辺以北)
幡ヶ谷地域は渋谷区の最北部を形成し、旧幡ヶ谷村村域にある3つの町、本町、幡ヶ谷、笹塚からなるが、旧代々木村域内の初台と西原の北部をも含めて考えるとさらに纏まりがよい。 域内に3つの駅をもつ京王線と甲州街道とにより新宿へのアクセスがきわめてよい。 京王線の駅周辺の商業地を除けば、概して庶民の住宅地である。 地域の東端は新宿副都心に接し、そこに新国立劇場がある。 なお近年、幡ヶ谷3町の頭文字をとって「笹幡本町(ささはたほんまち)」という名称が造られ、一部で用いられている。
渋谷区 面積 15.11km2
渋谷区 総人口 204,033人
(推計人口、2009年5月1日)
渋谷区 人口密度 13,500人/km2
渋谷区 地図
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渋谷区 歴史
渋谷区は 1932年に東京府豊多摩郡が東京市に編入されるに際して、同郡の渋谷町、千駄ヶ谷町、代々幡町の3町が合併して誕生した。この3町のかつての町域はそれぞれ現在の渋谷警察署、原宿警察署、代々木警察署の管轄地域と一致する。
渋谷区の区名は、渋谷に由来する。現在の渋谷駅周辺は、渋谷川と宇田川が合流する谷状の地形になっており、古来より渋谷と呼ばれる場所であった。
近代~戦前
1870年(明治13年)頃、薩摩藩島津家、渋谷川左岸にあった領地を皇室に献上し、「皇室御料牧場」が設けられる。牧場勤外国人に師事し、食肉・搾乳牛飼育を業とする村民が現われる。
1882年(明治15年) - 青山学院が現在の土地(伊予西条藩松平家上屋敷跡)に移転
1885年(明治18年)3月1日 - 山手線開通(当時は日本鉄道品川線)・渋谷駅開業
1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行により、上渋谷村、中渋谷村、下渋谷村と赤坂区の渋谷宮益町、渋谷神原町、麻布区の麻布広尾町の区域で南豊島郡渋谷村が成立
1896年(明治29年)4月1日 - 南豊島郡と東多摩郡が合併し豊多摩郡となったため豊多摩郡渋谷村となる
1898年(明治31年) - 東京農業大学が常磐松御料地に移転
1901年(明治34年)2月25日 - 山手線恵比寿駅がビール出荷専用の貨物駅として開設
1902年(明治35年) - 実践女学校及び女子工芸学校が常磐松御料地に移転
1906年(明治39年)
9月23日 - 豊多摩郡千駄ヶ谷村に代々木駅が甲武鉄道(現中央本線)の駅として開業
10月30日 - 千駄ヶ谷村に山手線原宿駅、代々木駅開業、恵比寿貨物駅の旅客取り扱い開始
1907年(明治40年)3月6日 - 玉電道玄坂上~三軒茶屋間開業。同年8月11日渋谷駅前まで乗り入れ
1909年(明治42年)1月1日 - 渋谷村が町制施行し豊多摩郡渋谷町となる
1910年(明治43年)
代々木村深町・外輪町一帯の代々木野に陸軍代々木練兵場が作られる。
12月19日に徳川好敏大日本帝国陸軍工兵大尉が代々木練兵場にて日本初の航空飛行に成功した
1913年(大正2年)
円山町に三業地が形成される。戦後の高度成長期まで花街として繁栄する。東京オリンピック後から現在のようなラブホテル街へと変化していく。
4月15日 - 京王電気軌道(現・京王線)笹塚駅~調布駅開業。以降代々幡町内を漸次開業
10月11日代々幡-笹塚間、翌年4月8日幡代小学校前-代々幡間、6月11日代々木-幡代小学校前間、11月19日新町-代々木間)、1915年5月30日当時の始発である新宿三丁目(新宿追分)まで延伸される
1916年(大正5年) - 常磐松女学校が常磐松御料地に設立
1920年(大正9年)11月1日 - 明治神宮が創建(旧宮内省南豊島御料地)
1923年(大正12年)5月 - 皇典講究所及び國學院大學が氷川裏御料地に移転
1924年(大正13年) - 箱根土地が中川久任伯爵邸跡地を百軒店と名付け、商業地として分譲。関東大震災で被害をうけた下町の店が百軒店に移転する
1925年(大正14年) - 渋谷駅から毎日通勤していた忠犬ハチ公の飼い主である渋谷町在住の上野教授が亡くなる
1927年(昭和2年)
4月1日 - 小田急線開業。渋谷区内(千駄ヶ谷町・代々幡町)の駅は「千駄ヶ谷新田」「代々木山谷」「参宮橋」「代々木八幡」「代々幡上原」
8月28日 - 東横線渋谷駅・代官山駅が開業
1928年(昭和3年)1月 - 箱根土地が南平台町の西郷従道侯爵邸跡地を西郷山と名付けて分譲。
1929年(昭和4年)~1931年(昭和6年) - 渋谷川の改修工事が行なわれる。
1932年(昭和7年)10月1日 - 豊多摩郡渋谷町、千駄ヶ谷町、代々幡町が東京市に編入されると同時に合併し、渋谷区誕生。
同年、東横線渋谷~桜木町間全線開通
1933年(昭和8年)8月1日 - 帝都電鉄線渋谷~井の頭公園間開通。翌年吉祥寺まで全線開通
1934年(昭和9年)
4月21日 - 渋谷駅前にハチ公の銅像建立(初代)
11月1日 - 渋谷駅に東横百貨店(現:東急百貨店東横店)創業
1935年(昭和10年)3月8日 - フィラリアにより、ハチ公が渋谷川の稲荷橋付近の路地で死去。
1939年(昭和14年)1月 - 箱根土地が徳川山(西原)の分譲を開始。
1943年(昭和18年) - 東京府・東京市廃止
戦後
1945年(昭和20年) - 陸軍代々木練兵場がGHQに接収され、ワシントンハイツとなる
1948年(昭和23年) - 渋谷駅前にハチ公の銅像建立(二代目・現存)
1950年(昭和25年)6月 - 国土計画興業が徳川山南(大山町)に分譲を開始
1956年(昭和31年)12月1日 - 渋谷駅東口に東急文化会館開館
1957年(昭和32年)12月1日 - 渋谷地下街(現:しぶちか)開業
1958年(昭和33年)10月 - 丸井渋谷店開店
1961年(昭和36年)
7月30日 - リキスポーツパレス完成
10月 - 東京オリンピック会場・選手村建設地としてワシントンハイツの返還が決定
1963年(昭和38年)3月27日 - 渋谷区長選任の贈収賄事件に関連して、最高裁判所大法廷は特別区において区長公選制を認めないことが憲法93条2項に反しないと判断
1964年(昭和39年)
ワシントンハイツ跡地に、渋谷区総合庁舎・渋谷公会堂・国立代々木競技場完成
渋谷川を暗渠化し宮下公園開園
1965年(昭和40年)
東京オリンピック選手村跡地の一部が国立オリンピック記念青少年総合センターとして発足、また同年、同じく選手村跡地のNHK放送センターが第1期運用を開始(完全移転は1973年7月31日)
6月13日 - 渋谷東急ビル開業(現:渋谷東急プラザ)
1967年(昭和42年)
4月19日 - 映画館(渋谷松竹・渋谷国際)などの跡地に西武百貨店A・B館 開店。
10月20日 - 東京オリンピック選手村跡地に代々木公園開園
11月1日 - 旧大向小学校跡地に東急百貨店本店開店。渋谷の商業地域の拡大が始まる。
1970年(昭和45年)
渋谷区内の都電と玉電が廃止になる
10月1日 - 渋谷駅西口駅ビル竣工(3階~8階:東急百貨店東横店南館)
1971年(昭和46年) - 現在の公園通りの入り口に丸井ファッション館(現:マルイジャム)開店。
1972年(昭和47年)
渋谷区役所通りが、パルコ開店を前に公園通りと命名される。
10月20日 - 営団地下鉄千代田線、霞ケ関~代々木公園間開通
1973年(昭和48年)
6月14日 - パルコPART1開店。「西武劇場」(現:PARCO劇場)開設。公園通りの活性化により「ファッションの街」としてのイメージが定着する。
6月20日 - NHKホール完成(オリンピック選手村跡地がほぼ現在の形になる)
1975年(昭和50年)12月 - パルコPART2開店
1976年(昭和51年)4月7日 - 東急新玉川線、渋谷~二子玉川園開通
1978年(昭和53年)
3月31日 - 営団千代田線、代々木公園~代々木上原間開通、小田急線との直通運転開始
8月1日 - 営団半蔵門線、渋谷~青山一丁目間開通。東急新玉川線との直通運転開始
9月9日 - 東急ハンズが井ノ頭通りに開業。
1979年(昭和54年) - ファッションコミュニティ 109(現:SHIBUYA 109)開業。公園通り・井ノ頭通り・東急本店通り(現:文化村通り)周辺が商業中心として確立される。
1981年(昭和56年)9月 - パルコPART3開店
1984年(昭和59年) - 丸井本館(現:マルイシティ)開店
1985年(昭和60年)11月6日 - THE PRIME開店
1986年(昭和61年)
3月21日 - 西武百貨店SEED館開店
4月29日 - ONE-OH-NINE開店
1987年(昭和62年)
10月30日 - 109-2開店
11月 - 西武LOFT館開店
1988年(昭和63年)6月 - クアトロ・バイ・パルコ(現:パルコクアトロ)オープン
1989年(平成元年)
9月3日 - 複合文化施設「Bunkamura」開業
東急本店通りが文化村通りに改称
1998年(平成10年)3月 - 渋谷インフォスタワー完成
1999年(平成11年)
12月 - 「Q-FRONT」開業
12月 - 西武百貨店モヴィータ館(旧:SEED館)開店
2000年(平成12年)4月7日 - 渋谷マークシティ開業
2000年(平成12年)3月 - セルリアンタワー完成
2002年(平成14年)10月 - パルコミュージアムオープン
2006年(平成18年) - 表参道ヒルズ開業。渋谷公会堂が改装・指定管理者導入の上、通称命名権を売却し「渋谷C.C.Lemonホール」に(正式名称は変わらず)。
2008年(平成20年)6月14日 - 東京メトロ13号線(副都心線、渋谷-池袋間)開業
「東京都 渋谷区」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org