練馬区 概要

練馬区は、東京23区の中では最も新しく誕生した区で、板橋区の一部だった旧北豊島郡練馬町・上練馬村・中新井村・石神井村・大泉村の区域が1947年8月1日に分離して発足した。

練馬区は、緑の多い閑静な住宅街であり、最低居住面積水準未満の世帯率は東京23区で最も低い。近年は副都心線や大江戸線などの開通に伴ってマンション建設ラッシュに沸いている。練馬区民の男性の平均寿命は81.2歳で全国で第5位、東京23区で第1位である。

日本の劇場長編アニメ、世界初のテレビアニメシリーズの発祥地であり、日本一のアニメ関連企業の集積地でもある。人口は約70万人で、23区中世田谷区に次いで多い。

練馬区 面積 48.16km2
 
練馬区 総人口 712,598人
(推計人口、2009年5月1日)

練馬区 人口密度 14,800人/km2

練馬区 地図


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練馬区 地理

東京23区の北西に位置する。区内全域が武蔵野台地に属する。埼玉県南部と共に、いまだにのどかな風景を残している。河川は石神井川と白子川が中心で土地の高低差は小さい。

北西には埼玉県新座市に囲まれた飛地(西大泉町1179番地)がある。区としてはこの飛地を埼玉県へ編入する方向で調整しているが、住民は反対している。

旧東京市内では新宿区戸山の箱根山が最高標高地点であるが、現在の特別区内では石神井消防署付近が最高地点である。

練馬区 歴史

練馬区のウェブサイトには以下の説が掲載されている。

関東ローム層の赤土をねったところを「ねり場」といった。
石神井川流域の低地の奥まったところに「沼」=「根沼」が多かった。
奈良時代、武蔵国にあった「のりぬま(乗潴)」という宿駅が「ねりま」に訛化した(乗潴は、白山神社付近であったとされる。ただし、乗潴をあまぬまと読み、現在の杉並区天沼に比定する説もある)。
中世、豊島氏の家臣に馬術の名人がいた(馬を馴らすことを「ねる」と言った。すなわち「練り馬」)。
他にも諸説存在する。


 年表

1947年(昭和22年) - 板橋区から分区し、23番目の区として誕生
1949年(昭和24年) - 練馬区役所が現在地に移転
1951年(昭和26年) - 自衛隊練馬駐屯地ができる。
1953年(昭和28年) - 板橋区との境界を変更する[2]。
1957年(昭和32年) - 一部を板橋区へ編入する[3]。
1961年(昭和36年) - 白子川改修に伴い、大和町との境界を変更する[4]。
1973年(昭和48年) - アメリカ軍からグラントハイツ(光が丘)が返還される。
1983年(昭和58年) - 非核都市練馬区宣言
1998年(平成10年) - 交通安全都市練馬区宣言
2001年(平成13年) - 健康都市練馬区宣言
2006年(平成18年) - 環境都市練馬区宣言
2007年(平成19年) - 人口70万人に到達


「東京都 練馬区」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org