町田市 概要

町田市(まちだし)は、東京都の多摩地域に位置する市で、多摩南部に区分される。
多摩川以南に位置する商業都市で、東京地方最南部に位置する。国道246号(東急田園都市線・小田急線)と国道16号(横浜線)が交差する地域。

人口は東京都内で東京23区・八王子市に次ぐ第3位。

1960年代(昭和40年)以降ベッドタウンとして発達したが、依然市内各所で農業が行われている。バブル経済期以後には、東京都区部からの私立大学の転入が進み、郊外には現在も私立大学が点在するなど、「青年の街」の色も見られる。

町田市 面積 71.63km2
 
町田市 総人口 418,431人
(推計人口、2009年5月1日)

町田市 人口密度 5,840人/km2

町田市 地図


大きな地図で見る

町田市 地理

市域の大部分が多摩丘陵に属し、地形的には同丘陵の北部、相模原台地の北東の縁であり、ほとんどが丘陵地帯である。最高地点は西端にある草戸山(標高364m)。平地は町田駅付近や西および南を流れる境川・ほぼ中央を流れる鶴見川とその支流恩田川近辺など少ない。

町田市 歴史

 江戸時代まで
1335年、北条時行ら北条氏の残党が中先代の乱を起し、町田村井出の沢で足利直義を撃破し更に鎌倉へ向けて進攻する。
19世紀、武蔵国の町田村の村民が農地拡大のため近隣の原野を開拓し、その地を原町田村として分村した。後に「本村」である町田村は本町田村と村名を変更した。

 明治維新から第二次大戦まで
1867年、版籍奉還により韮山県に属する。
1871年、韮山県が廃止され、小田原県に属する。
1871年、小田原県の名称が足柄県に変更される。
1876年、足柄県が廃止され、神奈川県に属する。
1878年、郡区町村編制法により、南多摩郡に属する。
1889年、多く存在した村々が以下のように合併した。
本町田村・原町田村・森野村・南大谷村 - 町田村 (旧・町田村とほぼ同じ)
能ヶ谷村・金井村・小野路村・野津田村・真光寺村・広袴村・三輪村 - 鶴川村
山崎村・木曽村・上小山田村・下小山田村・図師村・根岸村 - 忠生村
鶴間村・小川村・金森村・高ヶ坂村・成瀬村 - 南村
相原村・小山村 - 堺村
1893年、町田市を含む多摩郡域(南多摩郡、北多摩郡、西多摩郡)が、神奈川県から東京府に移管される。
1913年、町田村(旧、本町田村・原町田村)が、町田町になる。(町制施行)

 第二次大戦後
1954年、町田町と南村が対等合併。
1958年、町田町、鶴川村、忠生村、堺村の1町3村が対等合併、市制施行し、町田市となる。
1973年、多摩市と多摩ニュータウン区域界を境に境界変更。これにより小野路町の一部(現、南野地区)が多摩市に編入され、多摩市南野(多摩市の南+小野路から)となる。
2004年、神奈川県相模原市と境川を境に境界変更し、相模原市上鶴間の一部が町田市に編入される。
2008年、市制施行50周年。


「東京都 町田市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org