狛江市 概要

狛江市(こまえし)は東京都の多摩地域東南端にある市。

狛江市 面積 6.39km2
 
狛江市 総人口 78,479人
(推計人口、2009年5月1日)

狛江市 人口密度 12,280人/km2

狛江市 地図


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狛江市 地理

多摩川中流左岸に位置する。市域の北端は国分寺崖線および野川、南端は多摩川にほぼ一致する。このため北から南方向に緩やかに傾斜しているが、概ね平地といえる。標高は20から30mの間にある。市域は「枝豆」の形をしており、市役所を中心とした半径約2kmの円内に収まる。

東は世田谷区、北・西は調布市、南は神奈川県川崎市多摩区に接し、これら3つの面積の大きな自治体に取り囲まれた形になっている。多摩川の川崎側の河川敷も一部市域に含まれる。

河川
多摩川 - 本市の象徴ともいえる川。市内では逆S字型にカーブしており、優美な曲線による美しい風景を生み出している。両岸は堤防が完備されている。
1974年の多摩川水害は裁判になり、ドラマ「岸辺のアルバム」のモチーフにもなった。
野川 - 現在は国分寺崖線沿いに流れているが、以前は市北部を縦断した後、世田谷通りに沿って流れていた。1960年代に、水害対策で旧・入間川とともに現在のルートに改修された。旧流路の縦断部分は野川緑地公園となった。
根川(ねがわ) - 多摩川住宅の外周を流れ、多摩川に合流している。
六郷用水 - 現在の多摩川住宅南東部付近で多摩川の水を取り入れ、大田区まで延びた用水。現在の六郷さくら通り、いちょう通り、世田谷通り、次太夫堀公園というルートで流れた。いちょう通り以南は旧・野川を利用した。1960年代に埋め立てられ、上部は道路、下部は下水道幹線に用いている。世田谷通り「一の橋」から「二の橋」にかけての南側歩道の広い緑樹帯は用水の名残である。

狛江市 歴史

古代の武蔵国多磨郡狛江郷の地であり、5世紀の高句麗系古墳である狛江亀塚古墳(帆立貝形前方後円墳、後円部径約31メートル、高さ約6メートル、前方部幅約14メートル、前方部長さ約9メートル、前方部の高さ約1.5メートル、括れ部の幅約8.2メートル、前方部の先開きの扇形の造出のような壇がある。)がある。関東の古墳時代中期(5世紀頃)の標式遺跡和泉遺跡の所在地としても知られる。

1889年 - 町村制が布かれ狛江村となる。
1893年 - 神奈川県より東京府に編入される。
1926年 - 小田急小田原線が開通。
1952年11月10日 - 町制施行。狛江町となる。
1970年10月1日 - 市制施行。狛江市となる。
1974年9月1日 - 豪雨による多摩川上流域ダム放水のため、堤防決壊。
1989年7月 - 喜多見駅~和泉多摩川駅間の複々線立体交差の工事着工。
1996年6月 - 石井三雄市長がバカラ賭博で巨額の負債を抱え、市長を辞職。
1996年7月 - 共産党員の矢野裕氏が市長が初当選、現在に至る。
1997年6月 - 小田急線の狛江市内の立体交差化の工事終了。


「東京都 狛江市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org