羽村市 概要

羽村市(はむらし)は、東京都の北西、多摩地域の西部に位置する市。東京都の市で最も人口が少ないが、人口密度は高い。

羽村市 面積 9.91km2
 
羽村市 総人口 57,053人
(推計人口、2009年5月1日)

羽村市 人口密度 5,760人/km2

羽村市 地図


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羽村市 地理

多摩川中上流左岸に広がる(一部右岸)。西と北を青梅市、東を西多摩郡瑞穂町、南を福生市、あきる野市と接する。経済的には北西部の小作地区は青梅市と、南西部の羽(はね)地区は福生市との結びつきが深い。玉川上水の開削に際しては、羽村に取水堰が設けられた。近代以後は養蚕を主とする農村であったが、高度経済成長期以後、自動車工場の誘致・建設などで人口が増加、また、東京のベッドタウンとなった。

面積は9.91平方キロメートルで、全国の市で8番目に小さく、東京都の市の中でも3番目に小さい。(2006年3月現在 1位狛江市 2位国立市)

羽村市 歴史

多摩川の河岸段丘上には数多くの考古遺跡が分布し、市域でも縄文時代中期の山根坂上遺跡をはじめとする中期集落遺跡が分布している。弥生時代の遺跡は見られず、古墳時代も後期の遺物がわずかに出土しているのみ。

律令制下では武蔵国多摩郡に属し、中世前期に至り三田氏の支配する杣保長淵郷に比定される。戦国期には相模国の後北条氏が関東へ進出し三田氏を滅ぼし、市域も後北条領国に含まれ北条氏照領が置かれている。

近世を通じて3か村が存在する。生業は市域の大半で畑作が主軸で、多摩川流域の一部地域で米麦栽培が行われる。武蔵野台地では永安2年(1653年)には玉川上水が開削され本格な新田開発が行われるが、羽村取水口が設置され水元の村となった市域には羽村堰陣屋が設置され、江戸表からの出役人が交代で勤務し、地元百姓も水番人を務め水質などを管理した。天明4年(1794年)には武州村山騒動が発生する。

1889年4月1日 羽村(はねむら)・五ノ神村・川崎村が合併して神奈川県西多摩郡西多摩村となる。
1893年4月1日 三多摩の東京府(現在の東京都)移管により東京府西多摩郡西多摩村になる。
1956年 町制施行により西多摩郡羽村町(はむらまち)となる。
1991年11月1日 市制施行。


「東京都 羽村市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org