青森市 概要

青森市は、本州最北端の中核市である。かつては青函連絡船、現在は津軽海峡線 東日本フェリーを通じて、本州と北海道を結ぶ玄関口としての顔を持つ。8月に開催される青森ねぶた祭は、東北の夏の風物詩として大変有名である。少子高齢社会の到来と豪雪への対策として、中心地域をあえて拡大させない「コンパクトシティ」構想を発表し、注目を浴びている。

また、2010年には、東北新幹線・新青森駅の開業が予定されている。

青森市 面積 824.54km2
 
青森市 総人口 302,503人
(推計人口、2009年5月1日)

青森市 人口密度 367人/km2

青森市 地図


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青森市 地理

青森市は豪雪の町として知られ、都道府県庁所在都市では唯一の特別豪雪地帯に指定されている。1945年(昭和20)年2月21日の209cmが気象台の記録では最大の積雪である。また、1981年(昭和56年)には青森市内で196cmもの積雪を記録、最近では2005年(平成17年)に178cmを記録している。青森市のような豪雪都市で30万人を超える人口を持つ都市は世界的にみても珍しく、現在、30万人規模の都市で、降雪量は世界一と言われている。

一方、初夏の時期は、偏東風が太平洋上の寒流である千島海流を超える際に発生するやませと呼ばれる冷涼な東風が吹き、7月でも全く気温が上がらない日もある。このため、しばしば農作物が冷害の被害を受ける。またこの時期山間部では濃い霧が発生することが多く、青森空港の欠航はこの時期に集中する。

近年では梅雨がない北海道の札幌市よりも夏季の降水量が少ないこともある。

北は青森湾(陸奥湾)に面し、陸は南に八甲田山を有する自然に恵まれた青森平野を中心とした市である。市の中心にある青森駅は東北本線、奥羽本線の終着駅であり、青森市は本州と北海道を結ぶ交通の要衝の町として発展してきた。

山:八甲田山、雲谷峠、鷹森山、女蛇山、馬ノ神山
河川:堤川、駒込川、横内川、沖館川、赤川、沼川
湖沼:野木和湖

青森市 歴史

善知鳥村
現在の青森市中心部はかつては善知鳥(うとう)村という小さな漁村であった。善知鳥の語源については、鳥のウトウ(浪岡町との合併以前は市の鳥に指定されていた)から採られたと言う説や、アイヌ語の「ウトウ(突起)」に由来するという説などがあるが、はっきりとは分かっていない。伝説ではあるが允恭天皇の時代の善知鳥(烏頭)中納言安方にまつわる逸話が残されている。かつては安潟という湖沼がこの地にあり、漁師達が漁港に使っていた。

1498年(明応7年) - 三戸南部氏の南部康時(光康)が堤ヶ浦(現在の堤川付近。善知鳥村の最東部の地域。現在の国道4号から駒込川との合流部付近にかけての堤町・松原地区)に本拠を置く。南部康時(光康)の一族は代々堤弾正を名乗った。
堤氏は防衛上の理由から、荒川の流れを東側に変え堤川としたため、安潟は善知鳥沼となり、徐々に干拓されていった。堤氏は後に横内城を本拠とするが、建物は津軽藩の青森港が出来た後の地図である「青森之図」にも「古館」として記述されており、これを青森港の前身と見る意見もある[1]。

1585年(天正13年) - 大浦為信がこの地を占領し、堤氏は滅亡。

青森村・青森町
やがて弘前藩二代藩主津軽信枚(つがる のぶひら)の時代、港町青森の建設が始まる。森山弥七郎(1574年(天正2年)-1666年(寛文6年)。墓は油川)が信枚の命によりその仕事に当たった。これは、1625年(寛永2年)、幕府年寄衆により弘前藩から江戸までの廻船が認められたことがそのきっかけとされている。

外ヶ浜(おおよそ現在の青森市)にはすでに中世以来の港町大浜(現在の油川)があり、また、堤に宿場があったにもかかわらず、青森にわざわざ港が作られたのは、従来からの有力商人を排し、新しい開発の拠点をつくる必要であったからと考えられている。

なお、従来青森に港町が開かれた理由は、大浜が遠浅で大船の入港に向かなかったこと、あるいは弘前との距離などであるとされていた。しかし、青森でも大浜でも大船は接岸できず、はしけを使った荷役をしていたこと、また、青森は冬の西風を避けられないが、大浜では比較的その影響が小さいことから、従来の説は疑問視されはじめている。

1624年(寛永元年) - 藩が青森の町の建設を始めたと考えられる。
1625年(寛永2年) - 江戸から廻船許可が出される。
1626年(寛永3年) - 町頭が任ぜられ、寺院と市場を設立し、本格的に派立(町づくり)が始まる。初代町頭は佐藤理右衛門。現在では、この年に青森の港町が開かれたとされる。[2]
1766年(明和3年) - 地震が起こり、それに伴い火災が発生。
1783年(天明3年) - 7月、大火が起こる。これを契機に打ちこわしが起こる。11月、再び大火が起こる。
参加者は当時の青森村の人口の半数弱。主張は飢饉のため住民が米を食べられないため、米を江戸に搬送することを一時的に停止し、米を公定価格で販売することであったが、江戸への米の搬送は強行された。
維新期、青森村では大火がたびたび起こる。

1853年(嘉永6年)4月 - 大町大火(米百大火)。放火の噂が絶えなかった。
1859年(安政6年) - 大火。
1861年(万延2年) - 大火。
1871年(明治4年) - 大火。
1871年(明治4年)9月、県庁が弘前から移され、県の県庁所在地となることが決定した。弘前ではなく青森が選ばれた理由は、地理的な条件や海運などからと言われる。

1873年(明治6年) - 函館・青森間に定期航路が開設される。
1889年(明治22年) - 造道村の一部(大字造道字浪打、栄町を含む)を編入。町制施行。初代町長は柿崎忠兵衛。
1891年(明治24年) - 6月1日、大野村の一部(大字大野字長島)を編入。9月1日、東北本線開業。
1897年(明治30年) - 電気設備の工事が完了し、3月、配電が開始される。浦町村(大字浦町字奥野を除く)と滝内村大字古川を編入。

旧・青森市
1898年(明治31年)4月1日 - 市制施行。初代市長は工藤卓爾。
1902年(明治35年)1月 - 八甲田雪中行軍遭難事件により死者199人。
1905年(明治38年) - 奥羽本線開業。
1906年(明治39年) - 青森港、限定貿易港に指定される。
1907年(明治40年) - 青森港、第2種重要港湾に指定される。
1908年(明治41年) - 帝国鉄道庁による青函連絡船開業。
1909年(明治42年) - 横内浄水場が完成し上水道が開始される。
1927年(昭和2年)4月1日 - 造道村の一部(大字造道・大字八重田)、滝内村の一部(大字沖館・大字新田)を編入。
1932年(昭和7年)6月1日 - 大野村の一部(大字大野字北金沢・北片岡)を編入。
1937年(昭和12年)9月20日 - 筒井村の一部(大字浦町字奥野の一部)を編入。
1939年(昭和14年)6月1日 - 油川町を編入。
1945年(昭和20年)7月28日 - 青森大空襲。
B-29の空襲により市街地の9割弱を焼失し、人的・物的被害は極めて甚大であった。
1951年(昭和26年) - 1月19日、青森港、国の重要港湾に指定される。4月1日、滝内村を編入。
1954年(昭和29年)5月3日 - 大野村を編入。
1955年(昭和30年)1月1日 - 筒井町、横内村、高田村、東岳村を編入。
1955年(昭和30年)1月15日 - 浜館村(旧称造道村)の全域、荒川村を編入。
1955年(昭和30年)3月1日 - 奥内村、新城村、原別村を編入。
1956年(昭和31年)9月 - 後潟村を編入。
1962年(昭和37年)10月 - 野内村を編入。
この編入により、青森市は県内最大の都市になる。平成の大合併で八戸市に抜かれる可能性もあったが、八戸市では合併がうまくいかず、今なお県内最大の都市である。
1964年(昭和39年) - 青森空港が完成。ただしプロペラ機のみの利用。
1986年(昭和61年) - 青森県観光物産館アスパム開業。7月、東北自動車道開通。
1987年(昭和62年) - 青森空港、ジェット化。
1988年(昭和63年)3月13日 - 津軽海峡線が開業し、青函連絡船廃止。
ただし6月3日から9月18日まで青函トンネル開通記念博覧会のイベントとして1日2便に限り復活運行される。
1989年(平成元年)3月13日 - 函館市とツインシティ(双子都市)提携の盟約を結ぶ。
1993年(平成5年)4月 - 市内初の公立大学、青森公立大学開学。
1994年(平成6年)7月 - アスパムの南に青森ベイブリッジが4車線完全開通する。
アスパムと青森ベイブリッジは青森市の紹介写真によく使われる。

青森市
2005年(平成17年)4月1日 - 南津軽郡浪岡町と新設合併、新生・青森市誕生。
2006年(平成18年)5月15日 - 政府の事務次官等会議で中核市に指定する政令を内定。
2006年(平成18年)5月16日 - 閣議で中核市に指定する政令を決定。
2006年(平成18年)5月19日 - 中核市に指定する政令公布。
2006年(平成18年)10月1日 - 中核市に移行。
2007年(平成19年)9月1日 - 藤崎町との間の境界変更により、旧浪岡町の増館字若柳(30世帯76人)、増館字宮元(39世帯110人)、郷山前字山井(3世帯15人)、吉野田字吉野(0世帯0人)が藤崎町に編入された(計72世帯201人。数値は2005年国勢調査)。


「青森県 青森市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org