京都府福知山市 概要

福知山市(ふくちやまし)は、京都府北部(旧丹波国)の丹波地方に位置する、京都市と旧伏見市に続いて府下三番目に市制を施行した市である。

さまざまな出土品から、少なくとも縄文時代の始め頃から人が住んでいたと考えられており、古くから交通の要綱として栄えた市でもある。

特に織田信長の命を受けた明智光秀が塩見信房を倒し、その居城であった横山城を大修築し福智山城(後の福知山城)としてからは、その城下町として大いに栄えた市でもあり、現在でも鋳物師町、呉服町など地名にその名残を残す。更にたびたび大氾濫を起こしていた由良川の治水に光秀は成功し、地子銭を免除するなどの善政を敷いたことから、その治世がわずかであったにもかかわらず御霊神社に祀られ市の花も明智氏の家紋であるキキョウとするなど、福知山における光秀への信望はあつい。

一方特産品の藍染め品や藍染品などのさまざまな農産品を生産し、それらを扱う商いのまちとして栄えてきた福知山は、後継者不足などの問題によりそれらの産業は衰退しほぼ完全に消滅してしまった。現状としては内陸型工業団地としては比較的大規模な長田野工業団地が1974年(昭和49年)に整備着手がなされたことによる商工業が主な福知山の産業になっているが、それらのかつての伝統と歴史を復活させようと総合的な学習の時間で学ばせる教育機関や、そういった活動の趣旨の民間団体が結成されるなどの動きも見られる。

京都府福知山市 地名の由来

福知山という地名は明智光秀の城改修の際に名付けられた「福智山」に由来する。和泉式部の歌「丹波なる 吹風(ふくち)の山の もみじ葉は 散らぬ先より 散るかとぞおもう」から取り、これに明智の「智」の字を当てたという説や、或いは富士山由来の名(別名)によるとの説も存在する。福智山の「智」は1728年(享保13年)に朽木氏によって「知」の字に改められた。

京都福知山市 街区

旧福知山市内には地名(字・小字)、自治会名、通称など複数の街区名が存在し、なおかつ自治会名は必ずしも別名称の街区の範囲と一致しないため非常に複雑である。(例:自治会名「岩井新町」の街区は字「岩井」と「荒河」にまたがる。通称「かしの木台」で呼ばれる地域には「岩井新町」「荒河」が含まれ、その組合わせ名で住所が表記されることがあり、更に自治会名「かしの木台○丁目」も存在する。など多数) これは、昭和期に入り旧城下町周辺に急激に新市街地が広がったのに対し、それらの字名を整理しないまま街区名や自治会名をつけていった結果である。(例:「字天田小字木村」には、通称「末広町1丁目」の街区があり、自治会名「南本町」で呼ばれる住所がある) このため7桁郵便番号は自治会名の街区で分類されふられているが、自治会名を用いない住所で検索すると該当するものを探すことができないという不便が生じている。

かつての福知山は川を利用した水運による流通が盛んで、由良川沿いには港を意味する「津」が付く「天津、高津江、常津」などの地名が数多く存在する。同じく「和久市」は川沿いにあり、水運によりこの付近に市場が出来たことの名残である。

京都府福知山市 気候

基本的に日本海側気候であり旧三和町を除いて豪雪地帯である。旧丹後地域(雲原・大江)を除く盆地においては“やまかげ”となり、丹後地方に比較して量は少なめである(平地でも年間4~5日は30cm程度の積雪がみられる[要出典])。また盆地地形により秋と冬には霧が発生する。特に冬期の早朝の山間部では霧が濃く路面の凍結も見られる。晴天時の午前中の霧、冬季の雪雲によって日照時間が少なくなることから、文字通り「山陰」の暗いイメージを拭い切れない。

平地(福知山地域気象観測所)の平均気温は14度程度、年間降水量は1500ミリ程度で年間日照時間は1400時間程度である。降水量の季節分布としては旧丹後地域では降雪を中心に冬季雨量が多いが、以南では梅雨・台風により夏季雨量のほうが多くなる傾向がある[11]。

京都府福知山市 地史

福知山盆地内
盆地内を中心に少量で限られた地域ではあるが、淡水に住む貝の貝殻の化石が出土している。貝殻の種類に加えその分布などから、2~30万年前の氷河期には福知山盆地内全てが湖あるいは沼の底であったと考えられている。この湖(沼)は福知山湖と呼ばれる。また、各河川流域の調査から、かつて由良川は土師川(竹田川)を介して加古川につながり南下していたと考えられる。これらから、地形の沈降により南下の流れが止まったことで盆地一帯は湖沼を形成、さらなる変化により日本海側への流路ができると湖沼の水位は下がりやがて消滅、現在の市内を流れる由良川、土師川、牧川などに変化していった、という経緯が考えられている。盆地内の河川勾配が非常に緩く、出口付近がボトルネックとなって大雨時に停滞し度々洪水を引き起こす(参照)というのは、こういう形成履歴を持つためであろうと考えられる。また、これらの名残としては、由良川上流域に当たる船井郡京丹波町安栖里(あせり)周辺の4段にもなる大規模な河岸段丘の存在、市内の長田野(おさだの)の高位段丘面を持つ洪積台地の存在などがある。

また羽合の丘陵地や長田野台地には、福知山層とよばれる砂と泥と礫(れき)で構成される地層を見ることができる。その名のとおり福知山を特徴付ける地層であり、近畿地方の山間盆地埋積層を特徴づける学術上価値を持つ。しかし宅地開発が進む中、この地層の存在は危うくなっており京都府レッドデータブックに登録されている。

福知山盆地外
一方、福知山盆地外にあたる夜久野町額田(ぬかた)からは約2億2千万年前の新種のアンモナイトの化石が出土している。出土した地名にちなんで「ヤクノセラス・ヌカタエンゼ」と名付けられた。アンモナイトは本来海底に生息する生物であることから、かつての海底が隆起したものと考えることが出来るが、詳しい地形形成履歴は分かっていない。 また市内夜久野町小倉に所在する田倉山は夜久野高原を形成した京都府下唯一の火山であるが、そのふもとには柱状節理の玄武岩を見ることができる。

この地ではかつてさまざまな鉱物が産出されており、特に大江山は金属鉱脈が多く河守鉱山では銅鉱・黄銅鉱・硫化鉱・クロム鉄鉱・銀鉱が、また仏性寺鉱山ではモリブデン(水鉛)が採掘された。また上川口地区の富国鉱山は国内有数のビスマス鉱山であった。(なお大江山ニッケル鉱山は、与謝野町域にあたる。)このほか現在廃坑となっているいずれの鉱山も、京都府レッドデータブックに登録されており、坑道の整備、保存の必要性が叫ばれている。

 


「京都府 福知山市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org