京都府綾部市 概要
綾部市(あやべし)は、京都府北部の市。グンゼ発祥の地として知られている。現在は舞鶴・若狭と福知山・京都を結ぶ交通の要衝として栄える。
京都府綾部市 地理
京都府のやや北部に位置する。由良川が市街地を流れる。
位置:東経135°16′ 北緯35°18′
面積:347.11km2(東西32km南北15km)
市内をJR山陰本線・舞鶴線が横断し、また舞鶴若狭自動車道と京都縦貫自動車道が交わる。
気候
平均気温14.8℃
最高気温36.1℃
最低気温-3.5℃
隣接している自治体
舞鶴市・福知山市・(旧加佐郡大江町)・(旧天田郡三和町)・船井郡京丹波町・南丹市(旧北桑田郡美山町)・福井県大飯郡おおい町・福井県大飯郡高浜町
京都府綾部市 歴史
綾部市設立以前
古代には漢部氏が居住していたとも言われている。丹波国。平安時代には隣接する福知山市とともに荘園が多く存在していた。鎌倉時代、宮将軍に従って東下した綾部市上杉の豪族・上杉重房がいた。この一族は足利尊氏の親族となり栄え、市域は尊氏出生地とも考えられている。足利将軍家により丹波国の安国寺利生塔である安国寺が置かれた。
南北朝、室町時代には、新田氏一族の江田氏が綾部城を築く。
江戸時代には水軍で有名な九鬼氏の2万石綾部藩、谷氏の山家藩1万石、藤掛氏の上林領が成立した。
1889年 - 明治の大合併により、現在の綾部市域には、綾部町・中筋村・吉美村・西八田村・東八田村・山家村・口上林村・以久田村・小畑村・物部村・志賀郷村・中上林村・奥上林村・佐賀村が成立する。
1949年 - 以久田村と小畑村が合併し、豊里村となる。
綾部市設立後
1950年(昭和25年)8月1日-何鹿郡綾部町・中筋村・吉美村・西八田村・東八田村・山家村・口上林村が合併し、市制施行。
1950年(昭和25年)10月14日-日本で初めて世界連邦宣言都市を宣言。
1955年(昭和30年)4月10日-何鹿郡豊里村・物部村・志賀郷村・中上林村・奥上林村を合併。
1956年(昭和31年)9月30日-何鹿郡佐賀村の東部を合併(西部は福知山市へ。これにより何鹿郡が消滅)。
京都府綾部市 地域
市の東部は山間部であり、人口は市の南西部に集中している。
各地域について
綾部地区
旧綾部町。市の南西部。市役所があり、市の人口の3分の1はこの地域に在住している。地区の東部では国道27号から国道173号が分岐する。近年では人口が減少している。2007年の人口は12880人。綾部小学校区。
中筋地区
旧中筋村。市の南西部。綾部高校本校がある。かつては田園地帯が広がっていたが、その後宅地化が進み、人口が急増した。2007年の人口は6173人。ただし、地区の南部には今でも自然が残っている。中筋小学校区。
吉美地区
旧吉美村。市の西部。綾部ICや、綾部工業団地などがある。2000年にあやべ桜ヶ丘団地が分譲されてから、人口が急増(2007年現在、地域の人口の半数弱は桜ヶ丘の住民)。2007年の人口は2367人。また、キミレンジャーというローカルヒーローがいる。吉美小学校区。
西八田地区
旧西八田村。市の中央部の南北に長い地域。南部を国道27号及び山陰本線が走る。国道沿いを中心に開発が進んでいる。2007年の人口は1796人。西八田小学校区。
東八田地区
旧東八田村。市の北部。国道27号及び山陰本線が南北を貫いている。安国寺や、黒谷和紙で有名な黒谷はこの地域。2007年の人口は2319人。東八田小学校区。
山家地区
旧山家村。市の東部。由良川沿いを国道27号及び山陰本線が走る。2007年の人口は1757人。東綾小学校区。
口上林地区
旧口上林村。市の東部。2007年の人口は813人。東綾小学校区。
豊里地区
旧豊里村及び佐賀村。市の西部。2007年の人口は4350人。豊里小学校区。
物部地区
旧物部村。市の北西部。2007年の人口は1870人。物部小学校区。
志賀郷地区
旧志賀村。市の北西部。2007年の人口は1455人。志賀小学校区。
中上林地区
旧中上林村。市の東部。市の東部地区の中心。2007年の人口は1406人。上林小学校区。
奥上林地区
旧奥上林村。市の東部。あやべ温泉や、国宝の光明寺二王門はこの地域にある。市街地から遠いからか、市内でも過疎化が早く進んだ。2007年の人口は682人。上林小学校区。
「京都府 綾部市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org