三木市 概要

三木市(みきし)は、兵庫県南部の東播磨地方に位置する市。神戸都市圏に属する。旧美嚢郡である。

「金物のまち」として有名で、酒米「山田錦」の産地としても知られる。神戸市に隣接しており、同市の20%通勤圏でもある。市の南東部のニュータウン地域(緑が丘町・青山・自由が丘・さつき台)、旧吉川町にあるみなぎ台は、そのベッドタウンとして機能している。南西部には旧市街地があり、湯の山街道などの歴史的な街並みが残っている。また、北部には農村とゴルフ場が広がっており、三つの異なる顔を併せ持つ田園都市であるといえる。さらに、市内に高速道路が4路線(ジャンクションが2か所)、国道が2路線通っており、交通の要衝となっている。観光資源も豊富で、主要な観光地には、年間に約460万人の観光客が訪れている(平成19年)。近年では、三木総合防災公園やひょうご情報公園都市の整備が進められ、県の広域防災や情報の拠点としての新たな顔が生まれようとしている。総じて緑が多く、それを生かした公園やレジャー施設が多数ある。三木山森林公園や前述の三木総合防災公園などは、多くの市民に利用されている。

三木市 地理

兵庫県南部の東播磨地方に位置するが、細分した場合は北播磨で、県民局は北播磨県民局となっている。播磨平野に位置し、市域を東から西に美嚢川が流れ、平野部を囲むように河岸段丘となだらかな丘陵が広がる。この丘陵は美嚢川・志染川・小川川によって、小野丘陵・吉川丘陵・細川丘陵・志染丘陵に分断され、更にはそれら諸河川の小支流によって開析された結果、稜線と谷線が入り組み、枝節に富んだものとなっている。この地形が、ゴルフ場、葡萄畑、ニュータウンの造成に利用された。内陸部であるため降水量は比較的少なく、ため池が多い。

三木市の地形は、市域の大部分を占める丘陵・台地・平野と、ごく小部分を占める山地からとなっており、全般に起伏量に乏しく、なだらかな地形をしている。ちなみに海抜高度300mを超える範囲は僅かに0.26平方キロメートルに過ぎない。また、高度200m以上の面積も、1.72平方キロメートルに過ぎず、市域面積の僅かに1.4%である。神戸市北部から伸びる帝釈山地によって占められた三木市の南東隅は、高度も部分的に300mを超え、山地と言える唯一の地域である。しかし、帝釈山地は、三木市域に入っては高度を低め、神戸市との境界に有るシビレ山の山稜が三木市の最高点であるが、その高度は453mにすぎない。またこの山地には、雨水の浸食や崩壊によって生じた崖地形が多数みられる。次いで、市域のほぼ東半分の範囲、すなわち東条町・小野市との境界地帯、及び美嚢川の本流とその支流志染川によって挟まれた地域、ならびに帝釈山地に西接する地域は、地層の上では神戸層群及び一部は大阪層群によって占められているが、地形の上では高度100mから200m級の丘陵からなっている。これらの丘陵は、美嚢川・小川川・志染川によって小野丘陵・吉川丘陵・細川丘陵・志染丘陵に分断され、更にはそれら諸河川の小支流によっても解析された結果、稜線と谷線が入り組み枝節に富んだ丘陵地形をしている。また、市域の南西部には、大阪層群上に高位段丘層を載せ、上部に平坦面をとどめた台地が展開している。この台地は、明石市から神戸市西部・加古郡にかけてひろがる東播台地の北部に相当し、高度は50mから100mを保っているが、特に北端では美嚢川の小支流による解析が進み、小起伏に富んでいる。三木市のほぼ全域をその流域とし、右に述べたこれらの山地・丘陵・台地の間を、美嚢川本流のほか、小川川・志染川・淡河川・山田川からなる掌状の河川網をはって西流する美嚢川水系は、市域北西端において正法山等の形成する谷間を通って加古川に合流する。この水系の本流・支流沿いには、河川の堆積作用によって生じた沖積平野が、ほとんど全流路にわたって形成され、その幅員は、例えば、美嚢川上流部においては500mから800m、下流部においては約2000mに達している。また、この沖積平野には、過去の侵食の復活を証拠立てる河岸段丘が伴われており、久留美地区の岩宮・加佐・久留美集落等の立地する平坦面に、その典型を見ることができる。他方、美嚢川の本流・支流からは、さらに多数の小支流が分岐して丘陵・台地を細かく浸食し、全体として三木市全域に、樹枝状の小河谷を刻みつけている。これらの小支流の谷頭の多くは、人為的に堰きとめられて灌漑用の溜池に変じている。吉川町は東南北部に高く、西部でやや低い。中心部は標高100m余りの盆地であり、渡瀬地区・古市地区・有安地区は山間部である。

沿岸部の神戸市と比較して1~2℃低温であり、また、初夏から盛夏にかけては逆に1~1.5℃程度高温である。それゆえ、気温の年較差も、神戸市のそれを一℃余り上廻る結果となっている。また、降水量についてみれば、九月の降水量が神戸氏より10mm多いほかは、月々の降水量は神戸市のそれに比べて、最低1月の5mmから最高8月の80mmの幅で下回っている。その結果、三木市の年降水量は、神戸市のそれに比べて100mm程度及ばない。神戸市と同じく、夏は涼しく、冬は比較的暖かく、他方では降水量の少ない瀬戸内海式気候に分類される。しかし、内陸に位置するため、海岸部に比較して降水量はやや少なめであり、また気温も、冬にやや低温、夏にやや高温の特徴を表し、気温の年較差も、海岸部に比べてそれだけ大きいという性格を帯びている。また、三木市での風向は一年の傾向としては北風が卓越する。しかし、これを月別に見れば、4月~6月は毎年あまり方位が定まらず、7・8月になって南風が卓越するようになる。ついで9月にはこれが東風、10月には北東風と変化し、11月以降から翌年の3月までの5ヶ月間は、主として北風、時には北西風が卓越風となって現れ、このような循環を繰り返して1年を通過する。なお風力は過去5カ年の平均が毎秒0.75メートルあり、台風期と冬の季節風期に若干の上昇が認められる。しかし、東西・南北15km前後に広がる市域の広がりや、あるいは高度差にして400m余りに及ぶ市域の起伏を考慮すれば、三木市の気候の説明にあたっても、地域差を考える分析が必要であり、北側の口吉川町が、三木市街地より約1℃低いようにみうけられる。季節的に見れば、口吉川町では特に冬の寒さが三木市街地に比べ、長期にわたって厳しく、真冬の最低気温は年によっては零下10℃近くまで低下している。

 

三木市 歴史

1949年以前
645年(皇極天皇4年) - 孝徳天皇の勅願により伽耶院が創建される。
1580年(天正8年) - 織田信長の命を受けた羽柴秀吉に攻められ、三木城が落城、別所長治は敗れる。(三木合戦)
1932年(昭和7年) - 廣野ゴルフ倶樂部がオープンする。
 1950年代 [編集]
三木町時代は三木町を参照

1954年(昭和29年)5月6日 - 美嚢郡三木町と美嚢郡久留美村が合併をして、美嚢郡三木町となる。
1954年(昭和29年)6月1日 - 美嚢郡三木町、美嚢郡別所村、美嚢郡細川村、美嚢郡口吉川村が合併をして三木市(市制実施)となる。
1954年(昭和29年)7月1日 - 三木市と美嚢郡志染村が合併(対等合併)をして、新しい三木市となる。現在の三木市の市制記念日が7月1日であるのは、この日を記念しているため。
1955年(昭和31年)5月28日 - 地方財政再建促進特別措置法の適用を受ける。1960年(昭和35年)3月31日解除。
1955年(昭和30年)11月1日 - 三木市立三木市民病院を開設。
1959年(昭和34年)-敬老院が開設される。
 1960年代 [編集]
1960年(昭和35年)12月8日- 市庁舎完成。
1965年 - 市旗が制定される。
1966年(昭和41年)5月18日-アメリカ合衆国バイセリア市と姉妹都市提携を締結。
1966年(昭和41年)6月1日-市の木に「松」・市の花に「さつき」が決まる。
 1970年代 [編集]
1971年(昭和46年)4月1日 - 三木市緑が丘町が三木市志染町より分離。それにより緑が丘町が街開き。
1973年(昭和48年)11月21日 - 三木市の人口が5万人を超える。
1973年(昭和48年)3月20日 - 三木商工会館(三木商工会議所の拠点)が完成。
1974年(昭和49年)6月4日 - (旧吉川町)内に市内初となる中国自動車道(西宮北-福崎間)が開通。
1975年(昭和50年)4月1日-兵庫県立三木東高等学校が開校。
1976年(昭和51年)7月16日 - 三木市立金物資料館を開館。
1978年(昭和53年)5月8日 - 三木工場公園開業。
1978年(昭和53年)12月8日 - 三木市立金物資料館の敷地内に文部省唱歌村の鍛冶屋記念碑が竣工。
1979年(昭和54年)10月26日 - 国道175号三木小野バイパスが開通。これにより、旧国道175号は兵庫県道20号加古川三田線・兵庫県道22号神戸三木線・兵庫県道23号三木宍粟線の一部になり、1994年(平成6年)全通。


1980年代
1982年(昭和57年) - JGAゴルフミュージアムが開館する。
1982年(昭和57年)7月2日 - 三木市立図書館開館
1982年(昭和57年)8月27日 - 知的障害者更生施設兵庫県立三木精愛園が開所する。
1983年(昭和58年)4月1日- 兵庫県立三木北高等学校が開校。
1984年(昭和59年)5月30日 - 県南西部を震源とする山崎地震が発生。
1984年(昭和59年)9月29日志染町青山が町開き。
1985年(昭和60年)4月1日 - 第三セクター方式で三木鉄道が開業。全長6.6キロの運行距離で、レールバスが走る。
1985年(昭和60年)5月31日 - 中小企業庁が三木市を新地場産業集積圏構想想定地域に指定。
1985年(昭和60年)12月24日 - 三木市道緑が丘青山線が開通。
1986年(昭和61年)4月12日 - 三木市文化会館開館。
1988年(昭和63年)3月24日 - 旧吉川町に舞鶴自動車道(現舞鶴若狭自動車道)丹南篠山口インターチェンジから中国自動車道吉川ジャンクションまで開通し、吉川ジャンクション竣工。


1990年代
1991年(平成4年)9月28日 - 台風19号による強風で農作物に被害発生。
1992年(平成4年)4月24日 - 三木市道恵比須上の丸線が開通。
1993年(平成5年)4月29日 - ふるさと創生事業として「山田錦まつり」を開催する。
1993年(平成5年)5月22日 - 兵庫県立三木山森林公園開園。
1993年(平成5年)5月23日 - 午前2時に市内局番が2ケタに、市外局番が4ケタになる。(07948-x-xxxx→0794-8x-xxxx)
1993年(平成5年)7月12日 - 新市庁舎完成。7月25日に新市庁舎完成を記念して、NHKのど自慢公開録画が行われる。
1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災が発生、大きな被害を受ける。三木市内ではは震度5、死者2名、全壊25棟・半壊94棟・一部損壊5033棟。
1995年(平成7年)5月1日 - 三木市立教育センター・児童センターが竣工。
1996年(平成8年)11月14日 - 山陽自動車道神戸ジャンクションから、三木小野インターチェンジまで開通。および、三木東インターチェンジ開業。
1996年(平成8年)12月1日 - FM放送局エフエム三木(みっきい)が放送を開始。
1998年(平成10年)4月1日 - 市内初となる四年制大学関西国際大学が志染町青山に開学。
1998年(平成10年)4月5日 - 明石海峡大橋開通に伴い、三木ジャンクション竣工。更に、山陽自動車道および西神自動車道三木ジャンクションから神戸淡路鳴門自動車道津名一宮インターチェンジまで開通。
1999年(平成11年)4月- 三木ホースランドパーク開業。


2000年代
2000年(平成12年)10月31日-兵庫県道20号加古川三田線本町バイパスが開通する。
2003年(平成15年)8月8日-三木市道城山花尻線が全線開通する。
2004年(平成16年)10月20日 - 台風23号の影響で美嚢川が氾濫。
2005年(平成17年)9月28日 - 三木市道青山笠松線が長らく不通区間であった三木総合防災公園から関西国際大学までを結ぶ道路が開通。これによって全線開通した。
2005年(平成17年)10月1日 - 美嚢郡吉川町と友好都市提携を結んでいたオーストラリア・コロワ市と姉妹都市提携の調印。
2005年(平成17年)10月24日 - 三木市が美嚢郡吉川町を編入。これにより、吉川町1町のみで続いていた美嚢郡は消滅。
2006年(平成18年)2月 - コミュニティバス「みっきぃバス」の運行開始。
2006年(平成18年)9月27日 - のじぎく兵庫国体開催に合わせて、兵庫県道38号三木三田線志染バイパス開通。
2006年(平成18年)9月29日 - 今上天皇夫妻が三木市立三木精愛園・三木総合防災公園を訪問。
2006年(平成18年)9月30日 - のじぎく兵庫国体開催。市内では、馬術が三木ホースランドパークで、サッカーが三木総合防災公園にて行われる。同年10月10日まで開催。
2007年(平成19年)3月31日 - 三木市立瑞穂小学校が廃校。
2008年(平成20年)4月1日 - 三木鉄道が全線廃止される。
2008年(平成20年)8月1日 - 三木夏まつり花火大会が今年度を持って休止される。
2008年(平成20年)9月29日 - 2007年度の決算で、市制施行以来初めての財産危機宣言を発表する。
2008年(平成20年)11月1日 - FM三木吉川中継局開局。
2008年(平成20年)11月5日 - 三木市立三木市民病院と小野市にある小野市立小野市民病院が合併することに合意。
2009年(平成21年)3月1日 - 市内の主要なスーパー等でレジ袋が有料化。
2009年(平成21年)9月16日 - 既に給食が実施されている三木市立吉川中学校を除く市内の7校の全ての中学校で給食が開始する。

 


「兵庫県 三木市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org