徳島市 概要
徳島市(とくしまし)は、日本の四国北東部に位置する都市で、徳島県の県庁所在地である。旧名東郡。 キャッチフレーズは「心おどる水都・とくしま」。
江戸時代に徳島藩の城下町として栄え、幕末には藍産業の進展で日本で十指に入る城下町となった。徳島県の政治・経済・文化の中心都市であり、四国地方でも最大規模の都市の一つである。古来より近畿地方との繋がりが強く、現在でも神戸淡路鳴門自動車道や関西地方のテレビ、ラジオを通じて人的・物的・経済的な交流が盛んである。地理的には四国三郎として知られる吉野川の河口に位置し、紀淡海峡に面している。毎年8月のお盆期間に開催される徳島市の阿波踊りは日本の著名な伝統芸能の一つであり、阿波踊り期間中の4日間に日本国内外から約130万人の観光客が訪れる。
徳島市 地理
吉野川河口に位置し、その三角州上に発達した都市である。水の都と称されるように徳島市内には138の川が流れる。徳島市の大半は徳島平野に位置し平坦であるが、ほぼ中央には徳島市のシンボルである眉山がそびえ、風光明媚な景観を創り出している。南部は山林が広がる山間部となっている。
人口は約26万人と、四国の県庁所在地の中では最も少ないが、徳島都市圏の人口は約60万人(四国第3位)となっている。
合併構想
徳島市は、四国の県庁所在地の中では唯一平成の大合併を行っていないが、徳島県などが合併構想を持っており、徳島県市町村合併推進審議会の答申[2]では徳島市を含む合併構想について2つの案を示している。1つ目の枠組み案は小松島市・勝浦町・上勝町・佐那河内村・石井町・神山町および板野郡の各町を含むもので、この枠組みでの人口は約45万人(四国第2位)となる。もう1つの枠組み案は、1つ目の枠組み案から板野郡を除いたもので、この枠組みでの人口は約35万人(四国第3位)となる。
徳島市は「第4次徳島市総合計画」などで合併に前向きな姿勢を示しており、40万人規模の中核市とすることを目標にしている。しかし、周辺市町村の足並みが揃っていない[5]など合併には数多くの課題を抱えているため、徳島市は周辺市町村に呼び掛けて「徳島東部地域市長村長懇話会」を設け、共通の行政課題や地域のあり方ついて話し合うことで将来的な合併に向けての足がかりを得ようとしている。
気候
市街地は瀬戸内海式気候と太平洋側気候のちょうど境目に位置しており、太平洋側気候に分類されることが多い。 ただ降水日数の観点から見ると、かなり瀬戸内海式気候が明瞭である。
空梅雨の年や台風襲来のない年は、瀬戸内側の他の地域と同様に降水量がかなり少なくなる。また夏から秋に梅雨、台風、秋雨などで雨量が集中すると、太平洋側の県南部や高知県の平年値と殆ど変わらないほどの年降水量になる。
典型的な海洋性気候で年間を通じて温暖であり、冬日(日最低気温0℃未満の日)は滅多になく、冬季の最低気温の平均は四国四県の県庁所在地中で一番高い。
また日照時間は全国的に見て長く、県庁所在地47地点中8位である。
年平年値(1971年 - 2000年平均)は、気温16.2℃、降水量1,540.7mm、日照時間2,044.4時間である。
徳島市 歴史
江戸時代まで
1585年(天正13年) - 蜂須賀家政が阿波国に入封し徳島城と城下町を築き、現在の徳島の礎となる。
明治維新から第二次世界大戦まで [編集]
1871年(明治4年)8月29日(旧暦7月14日) - 廃藩置県で徳島県の県庁所在地となる。県名と県域の変遷については、徳島県#歴史を参照。
1889年(明治22年)10月1日 - 市制施行[8]。当時の人口は国内第10位であった[9]。
第一回市会議員選挙
1889年(明治22年)12月16日 - 市役所開庁(徳島町物産収集場)[10]。
1890年(明治23年)5月 - 市庁舎新築落成(現在の裁判所北側)。
1909年(明治42年)10月9日 - 開市20周年を記念して市章制定(一般から募集した図案40余種の中から、東新町の真鍋勇次郎が作成した徳島藩の徽章(きしょう)であった子持筋の下に市の文字を配して円形にした作品を市章として10月9日の市会で議決して制定)。
1913年(大正2年)4月 - ウェンセスラウ・デ・モラエス、徳島に来住(1929年没)。
1922年(大正11年)4月 - 鳥居龍蔵博士、徳島公園城山の貝塚を発見。
1922年(大正11年)6月 - 徳島(吉野川河口)~堺(大浜海岸)間に日本初の民間定期航空便が就航。
1926年(大正15年)9月 - 上水道給水開始。
1928年(昭和3年)12月 - 吉野川橋開通。
1929年(昭和4年)3月 - 市営バス創業。
1933年(昭和8年)4月 - 市庁舎現在地に移転。
1939年(昭和13年)3月 - 都市計画街路事業始まる。
1945年(昭和20年)7月4日 - 徳島大空襲。未明、米軍B-29爆撃機の襲撃を受け、市内(当時)の62%を焼失し、死者約1,000名・重軽傷者約2,000名を超える被害。
第二次世界大戦後(昭和後期)
1946年(昭和21年)11月 - 市戦災復興都市計画事業設計認可。
1947年(昭和22年)4月 - 初の公選制による市長誕生。
1948年(昭和23年)6月 - 消防本部を設置し、常備消防を消防署とする。
1951年(昭和26年)4月1日 - 勝浦郡多家良村・勝占村を編入。
1953年(昭和28年)10月 - 第8回国民体育大会を四国4県で開催。
1955年(昭和30年)1月1日 - 名東郡新居町・名西郡入田村(矢野を除く)を編入。
1955年(昭和30年)2月11日 - 名東郡上八万村を編入。
1955年(昭和30年)3月31日 - 板野郡川内村を編入。
1957年(昭和32年)11月 - 市立動物園開園。
1957年(昭和32年)12月 - 眉山ロープウェイ開通。
1958年(昭和33年)3月 - 徳島産業科学大博覧会開催。
1961年(昭和36年) 10月 - 塵芥焼却炉(三機式)論田町鶴岡新田に竣工。
1961年(昭和36年)12月 - アメリカ合衆国ミシガン州サギノー市と姉妹都市の縁組み。
1962年(昭和37年)4月 - 中央下水処理場、汚水処理を開始。徳島市立高等学校開校。
1963年(昭和38年)4月 - 徳島市立文化センター新築開館。
1964年(昭和39年)1月 - 徳島市を中心とした4市11町村が「新産業都市」に指定される。
1966年(昭和41年)9月 - 市民病院が現在地へ移転新築。
1966年(昭和41年)10月1日 - 板野郡応神村を編入。
1967年(昭和42年)1月1日 - 名東郡国府町を編入。
1967年(昭和42年)4月 - 徳島市の花が「サクラ」と決まる。
1968年(昭和43年)10月 - 市民憲章制定。
1969年(昭和44年)10月 - ポルトガル共和国レイリア市と姉妹都市の縁組み。
1970年(昭和45年)4月 - 仙台市と観光姉妹都市の縁組み。
1970年(昭和45年)12月 - 眉山パークウェイ開通。
1971年(昭和46年) 7月 - 吉野川大橋開通。
1973年(昭和48年) 2月 - 徳島市中央卸売市場が開場する。
1976年(昭和51年)9月 - 徳島陸上競技場が、南田宮に開場する。
1978年(昭和53年)10月 - 徳島市立体育館が完成。
1981年(昭和56年)5月 - 市立図書館・中央公民館が移転。
1981年(昭和56年)10月 - 新市立葬斎場完成。
1982年(昭和57年)8月 - 帯広市と産業文化姉妹都市の縁組み。
1984年(昭和59年)4月 - 市役所新庁舎が開庁。
1984年(昭和59年)9月 - 市民の木が「ホルトノキ」に決定する。
1986年(昭和61年)3月 - 市役所新庁舎南館が完成。
平成以後
1989年(平成1年)8月 - 新町川水際公園が完成。
1989年(平成1年)9月 - 徳島中央公園に鷲の門再建。
1989年(平成1年)10月 - 市制施行100周年記念式典開催。
1990年(平成2年)11月 - 文化の森総合公園が開園。
1991年(平成3年)4月 - 西部環境事業所が本格稼働。
1991年(平成3年)10月 - 中国丹東市と友好都市締結。
1992年(平成4年)10月 - 徳島城博物館が開館。
1993年(平成5年)9月・10月 - 東四国国体開催。
1993年(平成5年)11月 - 全国身体障害者スポーツ大会開催。
1994年(平成6年)3月 - 阿波史跡公園(古代の邑)が完成。
1998年(平成10年)4月 - とくしま動物園が開園。
1998年(平成10年)11月 - 考古資料館が開館。
1999年(平成11年)1月6日 - 徳島市選挙管理委員会が、「吉野川可動堰建設計画の賛否を問う住民投票条例」制定を求める直接請求の有効署名数を確定。[11]
1999年(平成11年)2月8日 - 徳島市議会、本会議で「吉野川可動堰建設計画の賛否を問う住民投票条例案」否決。[12]
1999年(平成11年)4月 - 北部下水処理場で汚水処理開始。
1999年(平成11年)8月 - 阿波おどり会館が開館。
1999年(平成11年)12月 - 吉野川可動堰建設計画の賛否を問う徳島市住民投票条例[13]が可決。
2000年(平成12年)1月23日 - 吉野川可動堰建設計画の賛否を問うための住民投票を実施し、反対多数となる。詳しくは、吉野川第十堰を参照。[14]
2001年(平成13年)6月 - 「子育て支援都市・とくしま」を宣言。
2001年(平成12年)11月 - ふれあい健康館が開館。
2002年(平成14年)4月 - 天狗久資料館が開館。
2002年(平成14年)4月 - とくしま植物園が開園。
2002年(平成14年)7月 - ポイ捨て及び犬のふん害の防止に関する条例を施行。
2002年(平成14年)8月 - 住民基本台帳ネットワークシステムが稼働。
2004年(平成16年)1月 - 市民活力開発センターオープン。
2004年(平成16年)3月 - 太陽光発電システムを導入。
2004年(平成16年)7月 - 阿波踊り有料演舞場に2部入れ替え指定席制を導入。
2004年(平成16年)10月20日 - 台風23号の大雨で市内の園瀬川が氾濫し、死者2名[15]のほか、上八万町を中心に約530世帯が床上浸水。
2004年(平成16年)11月 - 市役所本庁舎がISO14001の認証を取得。
2006年(平成18年) - 徳島を題材とした『バルトの楽園』(松平健主演)『眉山』(作者さだまさし)が映画化され、市内各地で関連イベントが実施される。
「徳島県 徳島市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org