東みよし町 概要
東みよし町(ひがしみよしちょう)は、徳島県の町。2006年(平成18年)3月1日、 三好郡の三好町(みよしちょう)、三加茂町(みかもちょう)が合併(新設合併)して誕生した。
吉野川中流地域の対岸に位置する2町が「三三(さんさん)大橋」によって結びついている。
北部の旧三好町側にはETC専用のスマートインターチェンジが併設されている「吉野川ハイウェイオアシス」などがあり、南部の旧三加茂町側には国の特別天然記念物の「加茂の大クス」などがある。
四国の山間部にあっても人口減少が緩やかな地域特性(5年前比 3.6%、年率 0.7%)がある。近年では国道192号線沿線に、大型商業施設や飲食店が数多く開店し、夜遅くまで近隣市町村からの来客も多い。徳島県西部の商業においては、最も活気がある地域となっている。
東みよし町 地理
山:火打山(1422m)、風呂塔(1401m)、日ノ丸山(1240m)
峠:東山峠(677m)、桟敷峠(1056m)、六地蔵峠(963m)
河川:吉野川、小川谷川、加茂谷川、大藤谷川、山口谷川、猪ノ谷川
滝:土々呂滝(滝壺側はつるぎ町)
国土調査による三好市との境界変更により面積に変更あり。122.58.km2→122.55km2
東みよし町 歴史
1889年
昼間村と東山村が合併(新設合併)、昼間村となる。
東加茂村と中加茂村と西加茂村が合併(新設合併)、加茂村となる。
毛田村と中庄村と西庄村が合併(新設合併)、三庄村となる。
1925年 昼間村が町制施行、昼間町となる。
1952年 加茂村が町制施行、加茂町となる。
1955年 昼間町と足代村が合併(新設合併)、三好町となる。
1959年 加茂町と三庄村が合併(新設合併)、三加茂町となる。
2006年 三好町と三加茂町が合併(新設合併)、東みよし町となる。
合併に至る経緯
2002年(平成14年)2月、(当時の)三好郡6町2村で「三好郡合併問題研究会」を設立した。しかし、小さな枠組みを望む東部4町と、大きな枠組みを望む西部2町2村の隔たりは大きく、三好郡全体の合併に向けた法定の合併協議会を設立することは出来なかった。この時点で、東部の井川町は合併の枠組みに関して明言を避けていた。西部の西祖谷山村も合併の是非に関して明言を避けていた。
2003年(平成15年)7月、三好郡西部2町2村が、井川町の合流による市制を望み「市制を目指す協議会」を発足。しかし、井川町が東部の枠組みを選択したため西部中心の市制は不可能になり、「市制を目指す協議会」は解散した。合併の枠組みは、「東部4町」と「西部2町2村」で確定し、それぞれ法定の合併協議会を設立して協議を進めることになった。「西部」では、「東部」と「西部」がそれぞれ合併した後に、「東部」に「西部」が合流する再合併を求める声もあった。
2004年(平成16年)9月、「西部2町2村」では人口の6割以上を占める池田町への一極集中を懸念する声が山城町・西祖谷山村で強まる。山城町で「西部」からの離脱へ向けた動きが出始める。この直後、「東部」の井川町議会で、財政格差や公共下水道事業を理由に「東部」からの離脱を可決。井川町の離脱表明を受け、同じく「東部」の三野町も同合併協議会での協議を凍結。この2町の動きを受け、山城町の動きは沈静化した。
2004年(平成16年)11月、「東部」から井川町・三野町が離脱し、「西部」に加入。「西部」は4町2村で協議を継続。「東部」も協議会を解散せず、2町で協議を継続。以上により、東部2町、西部4町2村の枠組みとなった。
三好町・三加茂町合併協議会
「徳島県 三好郡東みよし町」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org