小郡市 概要

小郡市(おごおりし)は、福岡県南部(筑後地方)にある市。平成12年の国勢調査で、小郡市からの通勤・通学者は総人口の10%以上が福岡市に通勤・通学し[1] 、福岡都市圏に属している。

市内の七夕神社は730年頃の肥前風土記に記されていることから日本で最も早期から七夕行事が始まったと言われ、「七夕の里」のキャッチフレーズでアピールしている。

平成12年1月実施の市民意識調査によると小郡市で自慢できるものとして上位三位に次のものがあがっている。

人に優しい福祉・保健・医療の充実したまち
快適な住宅・生活環境のまち
企業誘致や地場産業など商工業を中心として発展するまち

小郡市 地理

福岡県の南部に位置する南北に細長い形状の市で、市域は大きく三つに区分され、筑後川水系の支流である宝満川が市域を南北に縦断する平坦な宝満川流域、標高20m前後の東北台地、標高20mから90m程度の西北丘陵地に区分される。市内には南北に国道3号線・東西に国道500号線が位置し、国道3号線に平行して九州自動車道が走り、鳥栖インターチェンジが近接してある。東西に大分自動車道が位置し、筑後小郡インターチェンジがある。市内には西鉄電車天神大牟田線・甘木鉄道の各駅がある。

山: 花立山(標高130.6メートル)
河川: 宝満川
湖沼: 西北丘陵地には複数の溜池が存在する

小郡市 歴史

1955年(昭和30年)3月31日: 三井郡小郡村、三国村、立石村、御原村、味坂村が合併し小郡町が誕生。
1972年(昭和47年)4月1日: 市制施行。

市名の由来
「筑紫小郡」の名は、持統天皇3年6月(689年)、新羅の使者金道那を「餐応した」客館として日本書紀にみられる。 小郡市は、往古の筑紫平野の北に位置し、大宰府に近く博多へ通じる交通の要衡を占め、また小郡市中心部(向築地)に当時の官が跡が発掘され「小郡官が遺跡」として国の指定を受けている。その軍事的・地理的特殊性から往時の大宰府客館所在地、また地方官庁所在地として小郡の地名が残り、いまに伝えられている。


「福岡県 小郡市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org