太宰府市 概要

太宰府市(だざいふし)は、福岡県の中部に位置する市である。

九州地区の統治組織「大宰府」が置かれた事により栄えた。太宰府天満宮等の史跡が多く有り、2007年度には701万人もの観光客が訪れた観光都市でもある。

太宰府市 地理

福岡県の中部、福岡市から南東約16kmの場所に位置している。市域北部に四王寺山、市域東部に宝満山、市域西南部に天拝山(筑紫野市)が有り、市の中央部を御笠川が横断して流れている。市域中央部は中心市街地が発達しており、大宰府にまつわる数多くの史跡・名所が存在する。西部・南部は福岡都市圏のベッドタウンとして住宅開発が進んでいる。

又太宰府市には大学、短期大学、高等学校等の学校が数多く存在している事から、県内でも北九州市折尾地区と並び、学生の街として有名である。教育施設が集中しているのは、同市太宰府天満宮に祀られている菅原道真が「学問の神」と崇められるようになった為その地にあやかっていると見られる。

太宰府市 歴史

7世紀 筑紫大宰(つくしのおおみこともちのつかさ)がおかれる
663年 白村江の戦い。防衛のため大宰府を内陸(現在の大宰府跡)へ移したと推定される
664年 水城(みずき)の設置。防人を配す
671年 大宰府の名、『日本書紀』に初出
801年 伊予親王、大宰帥(だいふのそち)になる。以後この職は名誉職となり、親王が補せられ、大宰府には赴任しなくなる。
901年 菅原道真、大宰府に左遷(903年没)
905年 道真の墓の上に社殿が建てられる(現在の太宰府天満宮の元)
941年 藤原純友の乱、大宰府炎上
1019年 刀伊の入寇
1158年 平清盛が大宰大弐となる
1229年 筑前守護職、武藤資頼が大宰小弐となる(少弐氏の祖)
13世紀後半 元寇
1361年 懐良親王(南朝)、大宰府に征西府をおく(-1372年)
1497年 小弐政資、大内氏に大宰府を追われる。小弐氏の滅亡
1587年 豊臣秀吉、筑前国に小早川隆景(毛利氏支族)を封じる。
1591年 小早川隆景、太宰府天満宮社殿を再建
1600年 関ヶ原の合戦。戦後の論功行賞により、黒田長政、筑前国に封じられる
1864年 三条実美ら五卿が長州から太宰府(太宰府天満宮延寿王院)に移される(七卿落ち)

近現代
1881年3月17日 御笠郡宰府村が御笠郡太宰府村と改称。
1889年4月1日 町村制実施。
御笠郡太宰府村
御笠郡水城村
1892年9月13日 町制施行。御笠郡太宰府町となる。
1896年4月1日 那珂郡・席田郡(むしろだ ぐん)・御笠郡の三郡を統合、筑紫郡となる。
筑紫郡太宰府町
筑紫郡水城村
1955年3月1日 筑紫郡水城村と対等合併し、新町制による筑紫郡太宰府町となる。
1982年4月1日 市制施行。太宰府市となる。
2005年10月16日 九州国立博物館開館


「福岡県 太宰府市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org