古賀市 概要

古賀市(こがし)は福岡県宗像・福岡地方に位置する市である。同じ読みで古河市(茨城県)がある。旧糟屋郡。1997年に市制。

古賀市 地理

福岡市から北東約15km、宗像市から南西約15kmの場所に位置する。福岡都市圏の10%通勤圏に属し、福岡市のベッドタウンとして順調に人口を伸ばしてきたが、現在その伸びが鈍化しつつある。市制施行前は糟屋郡に属しており、現在でも広域行政などの点で糟屋郡とも関係が深い。

西は玄界灘に面し、松原が広がる砂丘地帯である。北部と南部には丘陵地があり、それぞれ福津市、新宮町に接している。東部には三郡山地から延びる犬鳴山地がある。町中心部には、その山地から大根川(花鶴)が流れる。大根川と隣に流れる中川の堆積・扇状地で小平地を形成している。

中心は天神地区(福岡市中央区天神とは別)であるが、近年その空洞化が懸念されている。総合文化施設「サンフレアこが」があり、図書館や歴史資料館などの施設が整っている。玄海国定公園の一角を担う花鶴ヶ浜(新宮海岸)や宮若市との町境にある西山など自然にも恵まれている。

古賀市 歴史

古代
古墳時代は磐井の乱によって筑紫国造磐井の息子によって継体に献上された糟屋の屯倉であったという説もある。理由は、鹿部の田渕遺跡によるが宗像郡であった当地が果たして糟屋とも呼ばれていたかが不透明なことから疑問視する声が大きい。

飛鳥時代になると、大化の改新によって神郡であった宗像郡に属していた[要出典]。また、大宰府への官道が通じ、古賀市域には宗像郡席打駅が置かれていた。所属していた郡が宗像郡から糟屋郡に変わったのは、宗像神郡は宗像大社の神領で侵してはいけないため、皇室や藤原氏などが現在の福津市などとともに糟屋郡に無理矢理編入した名残りであると思われる。因みに福津市は室町時代から戦国時代にかけて宗像氏が所領回復した。そのころの古賀のほとんどが立花氏が領有していた。旧青柳村には、長崎街道の脇街道である 唐津街道青柳宿が置かれていた。筑前21宿の一つに数えられている。

近現代
1889年(明治22年)4月1日に席内村(むしろうちむら)が発足し、1938年(昭和13年)4月17日に町制施行して古賀町となった。席内が古賀になったのは、1889年(明治22年)に鉄道が敷かれた際、従来の集落を避けて海岸沿いの「古賀」(現・天神)に駅を作ったためと言われている。

沿革
1955年(昭和30年)4月1日 - 町制施行(古賀町、小野村、青柳村が合併)
1997年(平成9年)10月1日 - 市制施行


「福岡県 古賀市」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org