筑紫郡那珂川町 概要
那珂川町(なかがわまち)は、福岡県筑紫郡にある町。現在、筑紫郡で唯一の自治体となっている。
町名の「那珂川町」は、福岡市中心部を流れる河川として有名な那珂川からとったものである。町の南部が那珂川の源流となっており、町北部、福岡市へと流れている。
那珂川町町民憲章
わたくしたちのまち那珂川町は、那珂川にはぐくまれ、自然に恵まれた、かぎりなく発展するまちです。
わたくしたちは、この町の町民であることに誇りをもち、住みよいまちをめざし、ここに町民憲章をさだめます。
自然を大切にし、水と緑の美しいまちをつくりましょう
きまりを守り助け合う心豊かなまちをつくりましょう
からだをきたえ健康で明るいまちをつくりましょう
勤労を尊び暮らし豊かなまちをつくりましょう
歴史遺産を守り文化の香りたかいまちをつくりましょう
筑紫郡那珂川町 地理
福岡市の西南部に隣接していて、福岡都市圏の一部を構成する。福岡市に近い町北部の平地部ではベッドタウンとして都市化が進行しているが、他の地域は山地となっており、福岡市の水がめである南畑ダムや、自然保養施設「グリーンピアなかがわ」などがある。(現在グリーンピアは休園中だが、隣接するキャンプ村は営業中。)人口の約8割近くが市街地に集中しているため、那珂川町の中心地区は福岡市からの延長線上で境目ははっきりわからない所が多い。また、福岡市の外縁地区(鶴田・老司・弥永)などより商業が発達しているため福岡市から町内のスーパーなどへ来る人も多い。この一極集中型の市街地のためDID人口密度は7000人に近い。
町ではあるが、4万9千人もの人口があり、県内の複数の市よりも人口が多い。全国の町、村の中で人口9位。
土地・自然
山:九千部山、権現山・一の岳・観音山・片縄山
河川:那珂川・梶原川・西川
ダム:南畑ダム・五ヶ山ダム(建設中)・背振ダム
位置
東端 東経130°28′10″ 那珂川町大字上梶原字地別当
西端 東経130°22′38″ 那珂川町大字西畑字荻の原
南端 北緯33°23′29″ 那珂川町大字五ケ山字大野
北端 北緯33°31′38″ 那珂川町片縄東1丁目
高低
最高地 845.0メートル 那珂川町大字市ノ瀬字苗ケ尾
最低地 15.0メートル 那珂川町片縄東1丁目
町の中心部
那珂川町の中心は主に北部地区の4通りと博多南駅前から成る。
あかしや通
筑紫郡那珂川町今光2丁目(春日市境) - 那珂川町片縄7丁目(井河交差点)
全般的に片側1車線だが今光1丁目交差点 - 春日市境までは片側2車線となっている。
那珂川町北部を東西に走り、県道577号線の一部でもある。
今光地区はカーディーラーやパチンコ店も多い。今光橋を渡り片縄地区に入ると閑静な住宅街となっている。
今光1丁目交差点でもみじ通りと内田交差点でけやき通りと終点の井河交差点ではいちょう通りと接続している。
いちょう通り
那珂川町中原4丁目(春日市境) - 那珂川町片縄西4丁目(下原交差点)
完全片側1車線。歩道が車道よりも広いバリアフリー設計の道路である。
那珂川町のメインストリートで交通量が非常に多く渋滞が激しい。通りには大小さまざまなロードサイド型店舗が軒を連ねているが、半分以上は飲食店である。
中原3丁目交差点でもみじ通りと道善交差点でけやき通りと井河交差点であかしや通りと接続している。
けやき通り
那珂川町片縄10丁目 - 那珂川町道善2丁目(道善バス停交差点)
国道385号線の那珂川町中心部の別称で片側2車線の幹線道路。
あかしや通り・いちょう通りに比べると賑やかさには欠けるが、西鉄那珂川営業所付近は那珂川町の中心として栄えている。片縄4丁目にスーパー銭湯があり毎日多くの人で賑わっている。
内田交差点であかしや通りと、道善交差点でいちょう通りと接続している。
もみじ通り
那珂川町今光1丁目(今光1丁目交差点) - 那珂川町王塚台1丁目(松木南交差点)
完全片側1車線。今光側は県道575号・中原から松木にかけては県道601号の一部である。
今光地区は小規模な商店が点在する閑静な住宅街であるが、駅西口交差点以南は高層マンションが林立している。その先松木地区に入ると田畑なども見られる風景となる。
博多南駅前
駅前ロータリーと博多南駅前線・中原鷹取線周辺を博多南駅前と呼ぶ。住所は「中原2丁目・中原3丁目」。
博多南駅が開業して数年かけて駅前整備行った新しい町であるためかまだまだ空き地が多い。駅前は町の情報センターやマンションの1・2階部分をテナントとして利用しているところが多い。
地名
安徳 - 同地安徳台は古くは迹驚岡(とどろきのおか)、御所ヶ原と呼ばれた。迹驚岡の由来は神功皇后が神田に水を引こうとした時、雷電が轟(とどろ)き磐石が蹴破られたからだという。『郷土誌那珂川』より 安徳天皇の項も参照のこと。
市ノ瀬
今光
後野
埋金 - 昔、鐘を鋳たが災いが起きたため、雷神社近くの五輪石塔の下にその鐘を埋めたのが由来という(『続風土記』・『続風土記拾遺』)。理由は盗難を避けるためというものや、金属を嵌める象嵌、たたら製鉄と関係するという説もある。
恵子
王塚台
片縄 - 片縄山「片縄石」に由来するもので、福岡市六本松の陸軍墓地にある巨大石碑もここから運ばれたと言われている。
上梶原
五ケ山
五郎丸
下梶原
仲
道善
中原
南面里
成竹
寺倉
西隈
西畑
東隈
不入道
別所
松木
松原
観晴が丘
山田
筑紫郡那珂川町 歴史
1889年4月1日:市町村制度施行
那珂郡安徳村
那珂郡岩戸村
那珂郡南畑村
1896年4月1日 那珂郡・席田(むしろだ)郡・御笠郡の三郡を統合、筑紫郡となる。
筑紫郡安徳村
筑紫郡岩戸村
筑紫郡南畑村
1956年4月1日 安徳村、岩戸村、南畑村が新設合併して町制施行、筑紫郡那珂川町となる。
1961年4月 福岡県立福岡農業高校岩戸分校を那珂川町立南福岡高校に校名変更
1964年2月 那珂川町立南福岡高校を福岡女子商業高校に校名変更
1965年6月 ごみ収集開始
1966年3月 南畑ダム完成
1966年4月 天徳中学校と南畑中学校を統合し、那珂川中学校と改称
1966年4月 五ケ山小学校を南畑小学校に統合
1970年12月 新都市計画法により市街化区域(550ヘクタール)と市街化調整区域(1350ヘクタール)の線引き決定
1971年4月 片縄に那珂川保育所開設
1973年3月 広報なかがわ定期発行開始
1973年8月 第一回町民の夏祭り開催
1974年1月 土地区画整理事業着手(安徳・岩戸)
1974年9月 第一回町民運動会開催
1975年3月 山陽新幹線開通
1975年10月 国勢調査の人口増加率が県下一(56.9%の増加)
1976年1月 新幹線博多総合車両所完成
1976年4月 那珂川町消防本部発足
1977年6月 人口2万人突破
1977年10月 春日那珂川水道企業団を設立
1978年12月 役場庁舎移転(現在地)
1979年6月 西畑運動公園オープン(西畑球場・昭和の森)
1980年3月 市ノ瀬に中ノ島公園オープン
1980年10月 国勢調査の人口増加率が1975年に続き県下一(40.8%の増加)
1982年5月 恵子に町民体育館と恵子児童館開館
1984年8月 人口3万人突破
1985年10月 国勢調査の人口増加率が3回連続県下一(24.3%の増加)
1986年7月 グリーンピアなかがわオープン
1989年12月 「非核・平和都市宣言」決議
1990年4月1日 博多南線開通。
1993年1月 博多南土地区画整理事業着工
1994年4月 ミリカローデン那珂川・那珂川町葬祭場「華石苑」オープン
1994年5月 人口4万人突破
1996年5月 博多南駅前広場オープン
1997年4月 グリーンピアなかがわ人工スキー場オープン
1997年11月 ミリカローデンに屋内プール完成
1999年4月 春日・大野城・那珂川消防組合発足
2001年10月 住居表示開始(片縄西・恵子地区)
2003年5月 安徳台遺跡群で奴国の有力首長墓発見
2004年4月 那珂川北中学校開校・博多南駅前ビルオープン
2004年5月 丸の口古墳公園オープン
2006年2月 裂田溝が日本疏水百選に認定される
2006年7月 人口4万8000人を突破
「福岡県 筑紫郡那珂川町」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org