築上郡 築上町 概要
築上町(ちくじょうまち)は、福岡県北東部に位置する町。2006年1月10日、築上郡椎田町・築城町が合併して誕生した。
町名は郡名「築上郡」に由来する。しかし「築上郡」は1896年に「築城郡」と「上毛郡」が合併してできた郡であり、「築城」+「上毛」の頭文字を合成した名前である。築上町の区域は旧築城郡であり、旧上毛郡は含まれない。
築上郡 築上町 地理
築上郡西部に位置する南北に広い町で行橋市と豊前市の中間に位置し、南は大分県と接している。
北部は京都平野が広がり、築城駅前や椎田駅前は市街地を成し、郊外には田園地帯が広がる。北は周防灘(瀬戸内海)に面し、南部は筑紫山地の山々が連なる。南部地域には谷が多く、その谷間を城井川、岩丸川、極楽寺川が流れており、椎田付近で城井川と合流して周防灘に注ぐ。また町内の八津田地区には航空自衛隊築城基地があり、湊地区の一部は干拓地となっている。
築上郡 築上町 歴史
豊前市と隣接する求菩提山は修験道の霊山として、古くから山伏信仰が行われていた。この山伏信仰は1868年の神仏分離令により禁止されるまで行われていた。
行橋と豊前市八屋の中間に位置する椎田は江戸時代には中津街道(国道10号)の宿場町として発展した。
近現代
1889年4月1日 - 町村制度施行により、現在の町域にあたる以下の町が発足。
築城郡椎田村・西角田村・葛城村・八津田村・築城村・上城井村・下城井村
1896年2月26日 - 郡制施行により、築上郡が発足。
1897年9月25日 - 豊州鉄道椎田駅が開駅。
1898年9月2日 - 【町制施行】椎田村→椎田町
1933年6月19日 - 日豊本線築城駅が開駅。
1942年 - 大日本帝国海軍航空隊築城飛行場(築城基地)が建設される。
1955年1月1日 - 【新設合併】椎田町・八津田村・葛城村・西角田村→椎田町(新町制)
1955年4月1日 - 【新設合併】築城村・上城井村・下城井村→築城町
2006年1月10日 - 【新設合併】椎田町・築城町→築上町
当初、行橋市と京都郡犀川町・勝山町・豊津町を含む6市町で法定合併協議会を設けて協議してきたが、築城町の離脱で破談となり、その後豊前市と旧椎田町・旧築城町で法定合併協議会を設置して協議したが、旧椎田町での住民投票の結果、反対多数となりこれも破談となった。そして、合併特例法の期限が迫る中、急遽2町だけで法定合併協議会を設置し、合併に漕ぎ着けた。
結果的に2町での合併で落ち着いたが、町内には主に2つの合併を望む声がある。
行橋市との合併
築上町は生活面等で行橋市との結び付きが強く、行橋市との合併を望む意見がある。この枠組みは2001年から協議を始め2003年に行橋市と京都郡3町で法定合併協議会を設置し、協議されたが2003年11月に旧築城町が離脱を表明してこの枠組みでの合併は破綻した。しかし旧椎田町では行橋市との合併に賛成派が多かったため椎田町民からは反発の声が上がり、議会でも豊前市との合併案に反対意見が上がり議会は幾度も紛糾した。現在でも旧椎田町内には行橋市との合併を望む意見が強いとみられる。
豊前市との合併
築上町は築上郡に属しており、その中心都市である豊前市との合併を望む意見がある。これは町内を管轄にしている警察、消防等は豊前市にあり、医師会やJAにも同じ事が言える。この枠組みは2004年10月に豊前市との法定合併協議会を設置して協議されたが、翌年2月に椎田町で行われた住民投票で反対多数となったためこの枠組みも破綻した。しかし、現在でもこの枠組みで再度合併を望む住民も多い。
この他にも、単独町政を望む意見や京築地域での広域合併、更には北九州市を含めた合併を望む意見がある。
「福岡県 築上郡築上町」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。
2009年8月02日 (日) 8:08 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org